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実存的な問いとしてのシナリオプランニング

今日は、NUCBのBusiness Model Designの授業で、シナリオプランニングを実施した。ソニーとホンダの合弁会社であるソニー・ホンダモビリティを題材に、合弁会社をスタートさせるべきかという意思決定について、シナリオプランニングを通じて分析、評価するというものだ。

多くのビジネスの意思決定は、ある程度、定量的な判断で決定ができるという想定で進められる。M&Aでも、高すぎれば買わないし、安ければ買うほうがよいだろう。ニッポン放送を買収すれば、それよりも価値の高いフジテレビがついてくるということで、ホリエモンも買収に踏み切った。

新規事業プロジェクトも、その現在価値が投資額よりも高ければ、スタートするべきだろうし、そうでなければやめるだけだろう。現在価値とは、未来の収益を一定の割引率で割り引いたものだ。このときの割引率とは、資本コストやインフレなどの数字を考慮して決められる。5%と設定すれば、10年後の1億円の収益は、6,139万円の現在価値となる。

ここで想定されているのは、10年後の1億円の収益が確定されているという不遜な前提だ。もちろんそういう割り切りをしないと評価できないといえばそうだが、なぜ10年後の1億円がそこまで確実だと言えるのだろうか。10年後の未来への時間を、どうして4000万円弱の割引と計算することができるのだろうか。

時間はプライスレス、というようなありきたりなことをいいたい訳ではないが、起業家という立場から見るとこうした絵に描いた餅でプロジェクトが評価されるのは、なかなか複雑な気持ちだ。10年後の1億円には、それを実現しようという人間の意志が欠かせないはずで、それがお金で評価されるというところに、実存的な問いが生まれる。

果たして、ビジネスの未来は、本当に数字やモデルだけで語れるものなのだろうか。確かに、現在価値を用いた評価は客観的で、合理的な意思決定を支える強力なツールだ。しかし、そこに「意志」や「情熱」、「不確実性の中で未来を切り拓く力」をどう組み込むのかが問われている。

ソニーとホンダの合弁会社、ソニー・ホンダモビリティの事例に戻ろう。ソニーはエンターテインメントやテクノロジー、ホンダはモビリティと製造のノウハウを持つ。それぞれが得意とする分野を組み合わせることで新しい価値を生み出そうという意図だ。だが、それだけで本当に「10年後の成功」が描けるのか。自動車業界は今、大きな転換点にある。電気自動車(EV)の台頭、自動運転技術の進展、サブスクリプションモデルの導入、そして環境規制の厳格化といった変化が目まぐるしい。さらに、競争相手も手強い。テスラやBYDなど、技術革新をけん引するプレイヤーが次々と参入している。

シナリオプランニングの面白さは、こうした不確実性を「リスク」ではなく「可能性」として捉え直す点にある。リスクは避けるべき脅威として語られることが多いが、可能性は挑戦の種だ。異なる未来のシナリオを描き、それに対応するための戦略を考えることは、単なる数字の計算を超えた価値を持つ。ソニー・ホンダモビリティがどのような未来を目指すのか、その道筋を示すのは、モデルの裏側にある「人間のビジョン」であり、「意思決定の意志」だ。

どんな未来を描くにしても、「実存的な疑問」に向き合うことが重要だ。合弁会社を立ち上げる意義とは何か。このプロジェクトがもたらす社会的インパクトはどこにあるのか。単なる収益モデルではなく、未来を形作る「哲学」としての事業戦略が問われている。そして、その哲学を持つ起業家やリーダーこそが、10年後の「1億円」を現実のものに変える力を持つ。

こう考えると、現在価値の計算はあくまで「道具」に過ぎないことが分かる。重要なのは、それを用いて描こうとする未来が、どれだけ意味のあるものか、どれだけ多くの人を巻き込み、どれだけのインパクトを生むのかだ。数字の裏にある「物語」を語れる人間だけが、本当に未来を創造することができるのだろう。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師

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