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ネットワーク資本というアジェンダセッティング

資本を持つものが経済を牛耳るという考え方が根付いたのは、特に産業革命以降であった。工場を建設するためには多額の資金が必要であり、その資金の提供者としての資本家が必要となった。株式会社では、経営者による経営と、資本家による所有という分離が行われた。

知的労働者へとヘゲモニーが移動するかと思いきや、AI産業はでっかいデータセンターをどれだけ稼働できるかという規模の経済が重要であり、結局、OpenAIも66億ドル(約1兆円)の資金調達を行った。資本の重要性は引き続き、変わっていない。

しかし、お金としての資本だけでは説明がつかなくなってきたことも確かだ。ブルデューは、文化資本という概念を導入し、社会の階層において親から子へと引き継がれていく文化的な資本の重要性を指摘した。東大生の再生産には、もちろん親の収入も重要だが、その家庭の文化水準も同じくらい重要であろう。地方の受験生が東京に出てきて、その文化資本の充実に驚くというツイートも話題になった。

AO入試になると、この文化資本の蓄積はさらに格差を生み出す。さまざまな文化的な経験を積んだ家庭の子どもは、当然そうでない子どもよりも優位になる。受験であれば本人の努力によって対策可能だが、人物本位の入試においてはそうした努力が不可能な部分が大きい。文化資本の高い家庭でさらに文化資本の蓄積が進む、文化的再生産が行われるのである。

ちなみに、私の息子には先々月から、佐野先生のもとで能を学ばせている。能は、とにかく集中力の使い方が身につくこともあって、思考の基礎体力、基礎技術としてもおすすめなのだが、文化資本としても相当な蓄積になる。昔は地方においても、読み書き算盤というなかに、能の謡などが教養として学ばれていた地域も多く、高い文化水準を誇っていた。戦後、そうした文化資本が失われたことが、日本にとっての大きな不幸であったと思っている。

さて、ジョン・アーリはさらに加えて、「ネットワーク資本」という概念を導入する。ネットワーク資本とは、「必ずしも近くに居ない人々との社会諸関係を生み出し維持する力」であり、これが感情面や金銭面の実益を生み出すというのである。モビリティが普及した現在において、この利得は「ブルデューの言う経済資本と文化資本から得られる利得を超えており、そうした利得に還元することもできない」というのである。

たとえば、一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会の理事である山本伸さんは、しょっちゅうヨーロッパ出張しては、ビジネスモデルキャンバスの開発者であるアレックス・おスターワルダーやイヴ・ピニュール、そしてFORTH INNOVATION METHODの開発者であるハイス・ファン・ウルフェンに会っている。ここで得られる信頼関係などの利得は、経済資本、文化資本では得られないものになっている。

こうしたフットワークの軽さは、誰もが持てるわけではない。この背景には、フレキシブルな働き方、リモートワークの普及、日本のパスポートの強さがあったり、もちろん金銭的なものも必要となる。誰もができるわけではない。最近話題の二拠点居住なども、そうだろう。そうした移動が可能であり、そこでさまざまな人とつながることで生まれる資本を、ネットワーク資本と呼ぶのだ。

このアーリの概念は、物理的な移動だけではなく、情報やアイデアの流通も含む概念である。さまざまな遠隔のコミュニティでの居場所を持つことも、ネットワーク資本を形成する重要な要素である。この点において、パットナムが議論した社会関係資本を拡張するものだと、アーリは言う。

パットナムの議論はあくまで、地域的に近しいエリアでの関係を対象とし、そうした近しいコミュニティの中でしか信頼と互酬性が成り立たないという前提があった。アーリはそれを、現代の情報インフラの普及に合わせてアップデートしているのである。

さて、このネットワーク資本をどれくらい蓄積しているのか、これは再生産されていくのか。さまざまな議論がここからスタートする。アーリの主要著書の翻訳を手掛ける吉原直樹も指摘しているが、アーリの魅力の一つはこうしたアジェンダセッティングにある。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師

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