将来の戦略オプションを確保するための新規事業
新規事業提案について、いくつかの企業で伴走支援を行っている。ポイントはいくつかあり、将来ビジョンからバックキャストして事業案を考え、それを顧客ニーズに基づいてブラッシュアップし、ビジネスモデル仮説として実行可能なかたちにしていく。成長可能性(Scalability)、市場性(Desirability)、実現可能性(Feasibility)である。
そのときに重要となるのが、新規事業をある種のシステムとして捉える視点である。既存事業でもそうなのだが、私たちはつい、商品やサービスそのものの差別化を過大評価してしまいがちだ。しかし過去の歴史が証明しているように、商品、サービスがよいからといって、競争に勝ち残るわけではない。
システムとして捉えた場合、たとえばサプライチェーンの構築や、商品・サービスを届けるディストリビューションやチャネルの問題が含まれてくる。そして当然のことながら、そこにはさまざまなビジネスパートナーが関係してくる。私たちは、そうした他者を巻き込んだダイナミックなシステム設計を担っているのである。
リーン・スタートアップなどで重視する、いわゆるプロダクト・マーケット・フィット(PMF)は、もちろん重要である。PMFを達成することの困難は、新規事業に関わったことのある人であれば、痛いほど理解できるはずだ。しかし、それだけだと既存事業においては提案が通らないのが、大企業における事業提案の難しいところだ。
大企業において、一定の説得力を持つのが、「ここでこの事業をやらなかった場合、将来のオプションが減る」というロジックである。たとえば、多くの企業がAI関連の新規事業に関心を持っているが、それはブームということともあるが、やはり今AIに取り組まないと、将来の戦略オプションに制約が出るという実感だ。
これはオセロの戦略にも似ている。オセロは、できるだけ自分の石が置ける場所を減らさないように石を置くのが、序盤の戦い方の原則である。あまりに多くひっくり返しすぎると、次に置ける場所のオプションが少なくなり、置きたくない場所に誘導されてしまう。大企業における新規事業は、ポートフォリオ戦略において、将来オプションを確保するというような意味を持っていることが多い。
このオプションとして、たとえば、「この事業が失敗しても、AIに対する知見が既存事業に適用できます」といった、いわゆる撤退プランはとても重要である。撤退プランを考えるというのは、新規事業だけを見ていては思いつかない。既存事業も含めた、システムの中における新規事業というメタな視点がなければならない。新規事業はその意味で、一連の指し手のなかのひとつであり、その一連の指し手の文脈を無視しては立ち上がらない。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
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小山龍介のビジネスモデルノート
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