vol.11 あたりまえの日常と「宿」を、編む
Prologue:日常を思い出に持ち帰る
宿から出て、家路に着く時の気持ちを、想像してみてください。
楽しかった思い出とあわせて
どこか後ろ髪引かれるような、未練がましい気持ちや、
寂しさ、
あるいは、ようやく家に帰れる、と力が抜ける方もいることでしょう。
しかし、
宿がそのまちの日常の暮らしの延長線上にあるならば、
場所や感情として、宿との距離が近ければ、
その気持ちは、少し前向きになるかもしれません。
「宿」が非日常の場所ではなく
そのまちの日常の暮らしと接続する、そんな思い出を紡ぐ場所となることで、訪れる人も、近くに住む人も、全員にとって「宿る」場所となる。
まちに根ざした暮らしやその場所ならではの家づくりを担ってきたブルースタジオは、
その地域の“あたりまえ”の日常がとっておきの価値となるような「宿」を、
これまでいくつか手がけています。
神奈川県・川崎、 鹿児島県・大隅、 東京都・椎名町。
それぞれのまちや場所のあたりまえの日常と「宿」、
そんな視点から今回はお届けしたいと思います。
local:それぞれのまちの「宿る」場所
local 1:地域の日常と旅人を結ぶ、暮らしの参道
宿場町川崎宿。
「ホテル縁道」は江戸時代、東海道五十三次の宿場町である川崎宿から総鎮守である稲毛神社に向かう参道だった場所にあります。
ブルースタジオはホテルの1階・コンセプトワーク・クリエイティブディレクションおよびアートディレクションを手掛けました。
2~11階には客室、1階には宿泊者と地域の方々が利用できる食堂をオープンしています。
2020年の8月、コロナ禍のなかでのオープンした「ホテル縁道」は
宿泊者に加えて、地域の方々も利用できる食堂、
また、食堂を利用したマルシェやテイクアウトのお弁当・オードブルの販売も行っています。
川崎宿の歴史ともつながりがある三角おむすびの朝食の提供など、
現在でも神社や市役所に向かう地域の人々が多く行き交う場所で、
川崎のローカル文化と来訪者を結び様々な“縁”が生まれる宿を目指しています。
その地域が元々もっていた歴史や文化を大切にする、
未来にむけたサスティナブルなにぎわいを創出する「宿」。
地域の日常こそが観光資源であると考えるからこそ、近くの人も遠くの人も楽しめる、そんな場所として営業しています。
local 2:おおすみの人と自然が先生です
2013年に閉校した鹿児島県鹿屋市立菅原小学校をリノベーションし、2018年にオープンした「ユクサおおすみ海の学校」。
小学校だった“場のもつ力”と地域の“美しいロケーション”を活かし、
子供たちのために、子供だった大人たちのために、
体験を通して楽しみながら学ぶ場をつくることを目指す宿泊施設および観光交流施設へと用途変更をおこないました。
当校卒業生などを中心とした周辺市民をホスピタリティーの“提供者・当事者”として巻き込み、
地域の生活・学校跡地という歴史のなかでの体験を価値とする「宿」です。
“泊まれる学校”、そしてコロナのなかで“校庭でキャンプができる”こともまた、「ユクサおおすみ海の学校」の魅力として根づいてきています。
学校生活の在り方もずいぶん様変わりした今日この頃。
「ユクサおおすみ海の学校」は卒業生ではなくても、
昔のことを懐かしく思い出すきっかけと、そしてかつての夏休みがもう1回訪れたような濃い時間が「宿る」場所です。
local 3:まちの日常を価値と捉えた、世代と世界が交わる宿
東京都豊島区椎名町は、池袋の隣駅でありながら小さな商店街がいくつも連なり、昔ながらの個人商店が軒を連ねる町です。
かつて地域に親しまれながら営業してきたとんかつ屋をリノベーションし、
レンタルキッチンとしてカフェやイベントを開くことができる「お菓子工房」と、まち全体を宿に見立てた「まちやど」として現在営業しています。
食堂はまちの飲食店へ、お風呂はまちの銭湯へと、椎名町に暮らすように泊まることができる「シーナと一平」は
椎名町と、かつての店名・とんかつ一平から名付けられました。
“まちのひとたちでつくる宿”というコンセプトは、
建物のDIYを行うワークショップや工事中の餅つき大会といったリノベーションの過程から、オープン後のネットワーク作り、
その人の訪れたい場所をスタッフが案内が書き込みながら案内する“白地図”を通じて、まちの中と外の人がつながるきっかけ作りとつながっています。
2020年7月〜2021年6月末の1年間は宿泊サービスをお休みし、
「なりわい」を作る共同生活の場所に。
そして宿業が再開された現在へつながります。
まちの中と外のひとがつながるきっかけとなる「シーナと一平」。
つくり手と生活者との顔がみえる接点をつくる“まち滞在型行商”・たびあきないのプロジェクトがはじまっています。
Epilogue:be here to stay
さまざまな形で、訪れる人も、近くに住む人も、全員にとって「宿る」場所。
コロナの影響によって、旅行することはハードルが少し高くなったようにも感じます。
しかし「宿」は、捉え方によっては身近な場所になるかもしれません。
遠く離れたとっておきの非日常の旅行ではなくても、
それぞれの地域の歴史が、
それぞれの場のもつ力が、
それぞれのまちのひとが、
あなたと「宿る」場所をつくります。
あたりまえの日常の「宿」へ、旅しませんか。