贈れなかった「おめでとう」と言えなかった「好きです」
通勤通学時間でもそこまで混み合わない、手動ドアだった田舎の各駅停車の4両列車。高校に入学し、電車通学が始まった。本や参考書を読んだり音楽を聴いたりしながら、片道40分揺られて学校へ向かった。
向かい側の席に座る彼をいつから好きになったのかは覚えていない。いつも黒いヘッドフォンで音楽を聴きながら、何かを読んでいた。そういえばリュックも黒だったから、黒色が好きだったのかもしれない。
ありふれた学ラン、制服から学校を割り出すことはできなかった。近くに、隣に座れば校章が見えたりしないかな、なんて思ったりもしたけれど彼はいつも向かい側の座席に居た。途中から乗ってきて、こちら側の席が空いていなかったのだろう。残念ではあるが、姿を認識できるという意味ではラッキーだったのかもしれない。
どこの学校に通う何年生かも知らなかったが、当時のわたしにはそれでも充分だった。女子校ゆえに「恋に恋する」状態だったので、「電車で一目惚れ」という漫画のようなシチュエーションでもう贅沢すぎるほど幸せなのでは?とすら思っていた。
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連絡先を渡そう、と思ったのは2月になってからだった。降りる駅が同じだったから、そのときに手紙を渡そう、と。気まずくなっても車両を変えたり違う時間の電車に乗れば良い、と逃げ道も確保しつつ。
思い立ったが吉日…とはいかず、何を書こうか悩みに悩んだ。彼女の有無どころか、彼の素性が何一つ分からない。そして、「絶対」と言い切ってしまって良い、彼はわたしを認識していない。
人生で初めてのラブレターは、ラブレターどころかなんだかとても無難で堅苦しいものになった。それでも、渡すことを決めた。少しでもそれが話すきっかけになったらいいな、という淡い期待もした。
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最初は、「今日は寝坊でもしたのかな」と思った。彼が3年生で、卒業してしまったからもうあの電車には乗らないと気付いたのはもう少し後になってからだった。手元には行き場をなくしたラブレターもどきだけが残った。もう、遅かった。
居ないとわかっていても、向かい側の座席を探してしまう癖は暫くなおらなかった。黒いリュックを、黒いヘッドフォンを持っているひとを見掛ける度に思い出しては胸がキューっとなった。
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名前も知らない、顔だってもうはっきりとは覚えていない。届くはずないがと分かっていても、あの時言えなかった言葉を。
今ではもう過去形になってしまうけれど。
「好きでした」
「卒業おめでとうございました」
記憶にないだろうけれども。毎朝電車の向かい側の席に座っていたふたつ年下の女の子は、あなたに恋をしていました。
あの片想いからの卒業の意味も込めて、ここに記す。だから電車で彼を探すことは、もうない。
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