暮らすように泊まる貸別荘生活①(伊豆・4泊5日)
伊豆の貸別荘へ行った。
日曜出発限定5泊6日の格安プラン。
いくつかある貸別荘から選ぶのは私に一任されているが、夫が「温泉付きは絶対」と言うので、そこは重視した。
広い浴槽、水色のきれいなタイル、浴槽の大きな窓から見える景色。
そんな写真に惹かれて、伊豆のとある貸別荘を選んで予約した。
8月に泊まった熱海の貸別荘が想像以上に良かったので、今回もいい感じだろうと安心していた。
8日、10時半頃に大阪の自宅を出発。途中、浜松のサービスエリアでご飯を食べて、急いで別荘へ向かう。最近は5時になると暗くなるので、なんとか5時までには着きたかった。とりあえず、夜ごはんと朝ごはんは買っておこうと、別荘近くのスーパーに寄って、お惣菜やパン、飲み物などを買い込んだ。
着いたのは5時過ぎで、山の中なので街灯もほぼなく、真っ暗。知らない山道を車で登るのは不安だったが、なんとかそれらしき建物にたどり着いた。
狭くて坂になっている、とんでもなく入れづらい駐車場に車を停めて、電子キーで玄関を開け、荷物を運び入れる。
玄関の扉を開けた瞬間、「くっさー!」と思った。
夫も思ったようで「人の家の匂い」と呟いた。
なんだか嫌な予感。
でも、一刻も早く荷物を入れてゆっくり座りたいと思い、電気をつけて中へと入っていった。
明るくなると、嫌な予感が的中していることに気づいた。
昭和感いっぱいの古い廊下とキズだらけの階段。
2階がリビングなので、荷物を持って階段を上り、リビングの頼りないドアを開けると、また別の嫌な匂いが充満していた。
電気をつけると、そこは微妙な年代にタイムスリップしたような部屋が広がっていた。
古民家でもなければ、新しくもない。1980年代から1990年代を感じさせる、単に古くなっただけの、センスの悪い部屋だった。
照明、壁のクロスの柄、テーブルや椅子など、すべてが「ダサかった」。
小さなテレビは、座っている人が誰も見えない向きに置かれているし、ソファは見たこともないほど小さな2人掛けで、センスのない布が掛けられていた。
2人とも黙々と荷解きをしていたが、私はショックでひどく落ち込んでいた。まさかこんな別荘だったとは!
夫も明らかにテンションが低い。
我慢できずに私は言った。
「臭い!」
夫は静かに私を見て、あーあ、とため息をついて、「言ったね」と苦笑した。
それをきっかけに、2人とも別荘の悪口が止まらなくなった。
「写真と全然違うやん!」
「なんでこんな臭いの?」
「ダッサイわー、この部屋!昭和か!」
「誰が座るねん、このソファ」
「誰が見れるねん、このテレビ!」
完全に「騙された」という気持ちだった。そりゃないよ。どうやったらあんなきれいな写真が撮れるねんと思うほど、全く違う。
百歩譲って、写真と違うとか、建物が古いとかは我慢できる。ひどいのは臭いと適当な掃除だった。今時、場末のビジネスホテルでももっときれいに清掃してるよ!
窓のサッシはホコリだらけ、コーヒーメーカーには使ったフィルターが残されたまま。テラスの椅子は壊れて放置。テーブルクロスは破れている。トイレにスリッパも置かれていなかった。
臭いは、昭和の家によくあったような「人の家の匂い」に近いのだが、それのかなり臭いバージョン。古い、カビのような匂い。
「あ、昔よく泊まってたユースホステルみたい」
「合宿所の匂い」
私たちは匂いの種類をできるだけ表現しようとした。
そして、帰るまでずっとここを「別荘」ではなく「合宿所」と呼び続けることになった。
しかし、もう来てしまったのだから、楽しむしかない。楽しまないと損だ。
気持ちを切り替えて、買ってきたお惣菜を盛り付けて、合宿所1日目に乾杯した。
でも、お風呂は大きくて、温泉を引いているので気持ちが良かった。それで少し気分も上がった。
下にも寝室があったが、リビングの隣の寝室で寝た。
翌朝、リビングの窓を開けてびっくりした。
すごい景色が広がっていたからだ。
昨晩は真っ暗でわからなかったのだが、これは価値があると思った。臭いのと不潔なのも、ちょっとだけ許せる気持ちになった。
それに、何より嬉しいことがあった。
窓からの景色を見て、私は「ああっ!」と声を上げた。夫はすぐに何のことか察して、「そっくりやろ?」と言った。「うん、そっくり」
ちょっと泣きそうだった。
うちの家の横にあった竹やぶと似ていたのだ。
うちの家の横にあった竹やぶは、2年前に伐採されて、今は住宅地にされてしまった。
家の窓からまさにこの風景が見えていたのに、今は人の家の壁と屋根しか見えない。
私は竹やぶの景色を愛していたから、そのことをとても悲しんだし、長い間引きずっていた。
だから、ここで再会できたような気持ちになって、嬉しくてたまらなくなったのだ。
私もバカじゃないので、わかっている。これが別の竹やぶだということも、竹やぶなんてどこも同じようなものだということも。だけど、ボリュームや色や傾き方や窓からの見え方が本当にそっくりで、まるであの切られた竹たちがここにワープしてきたような、そんな気持ちになったのだ。
「ここにいたのね」「また会えたね」
そう思えるほど、似ていた。滞在中、この景色は美しい海よりも私を慰めてくれた。
それだけでも、ここにきてよかったと思えた。
この日は「仕事の日」と決めていた。10日までに提出の酒蔵の原稿がまだ仕上がっていなかったのだ。夫は一階の和室で会議をやるというので、リビングを占領させてもらった。
(夫は私が人と同じ部屋で集中できないことを知っている)
海と竹やぶを眺めながらの執筆は、思っていた以上にはかどった。
合宿所の臭いに何度か気分が悪くなったが、時々窓を開けて外の空気を吸った。
原稿はいい感じに書けて、無事に提出。デスクの修正も一切なかった。
夫はというと、一階の和室から戻ってきて「畳はボロボロやし、壁の隙間からカメムシの臭いした!最悪や」とぼやいていた。私は和室には入らないと決意。
もう私の仕事は終わったので、翌日からリビングでの仕事場は夫に譲ることにした。
この夜は、近くのスーパーで地物の刺身(いさき)を買って、家から持ってきた残り野菜と豆腐で、鍋をした。
明日からは、私の特技である「おいしいものアンテナ」を生かして、近所の店で食事をする予定だ。
長くなりそうなので、「グルメ編」として別記事にしようと思う。
とりあえず、景色と温泉は最高の別荘生活が始まった。