【5/10】牡牛座20度
失業保険が振り込まれていた。勤めていた頃の給料には当然見劣りするが、贅沢をしなければ、食べていけない額ではない。とはいえ、生活にかかる家賃やら、光熱費の支払いもある。なるべく早くに次の仕事を探さなければならなかった。
年度末で新卒から8年勤めた会社を辞めた。上司のセクハラに悩んでの退社で、当然、会社都合だ。
実家に帰るという選択肢はない。会社を辞めると実家に連絡したが、あんな大手辞めるなんて…まだ結婚もしていないじゃないの…そんな面倒なことを言われただけだった。退職の理由を親に言いたくなかったのだ。
ゴールデンウィーク明け、5月にしては暑い日だった。銀行で記帳を済ませてスーパーに行った。ビールとつまみと惣菜をいくつか買って1Kのマンションに帰った。かろうじてオートロックがついている程度の設備の月6万で借りている私の城。ここだけが、今は安住の場所だった。元上司のセクハラに精神的に疲れて、男も女も関係なく、あまり人間と関わりたい気持ちを持てないというのが本音だった。
買ってきたばかりのビールを空けた。プシュッっといい音がした。口をつけて勢いよく飲んだ。それでも1/4くらいしか減っていないような気がする。昼間にビールを空けてはみたが、特に酒に強い方ではない。すでに頬は薔薇色に染まっていた。瞳が潤んで、身体がすこし暑く感じる。
私は衝動的に、コスメを入れている箱を漁った。
ドラッグストアで買ったKATEのリップモンスターを手に取った。安い方の化粧品のはずだが、なぜだかやたら流行っているのだ。どこも在庫切れだったが、近所のドラッグストアに売っていた。意味もなく最後のひとつを買った。
流行りの紅を引いた。今は化粧もしていないのに、口紅を塗るだけで、顔の印象が変わるのだ。
なぜだか、自分がとても美しいものになれた気がした。シャツとスウェットを脱いで下着姿になった自分と鏡越しに向き合った。鏡に触れると鏡の中の私の手がそこに重なった。
気分が良い。
下着を剥ぎ取って、自分の秘部をひたすら弄った。嗚咽のような声をあげていた。
吠えるように、泣き叫ぶように、私はひたすら声をあげた。
気がつくと私は泣いていた。悲しいから?幸せだから?惨めだから?それとも何かへの怒りだろうか?
絶頂を迎えた私は部屋に座り込んだ。いつのまにか涙は乾いて、頬に少しベタっとした気持ち悪い感触だけ残った。
外はまだ明るかった。気が遠くなるほどの真っ青な空を飛行機雲が横切った。
私は、なぜだか謝りたい気持ちになった。誰に謝るべきなのかはわからないけれど。