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エッセイ「レモン」
上手くいかない就活に押しつぶされていた大学三年生の冬。
私はレモンを買って、机の上に無造作に置いてみた。
きっかけは、夕方のスーパーで
弁当に値引きシールが張られるのを待ちぶせていたとき。
ふと視界の隅に鮮やかな黄色が移り、ついついそちらを見てしまった。
レモンだ。他の野菜や果物の中に混じって、ひと際眩い存在感を放っていた。
その時、ふいに高校二年生のときに書いた読書感想文のことを思い出した。一年生のときに何かの間違いで校内最優秀賞のようなものをとってしまった私は、今年書く感想文は去年の出来を越えなければならない、とよくわからないプレッシャーを背負い、さんざん悩んだ挙句に梶井基次郎の『檸檬』という当時の私には不釣り合いな本を選んで国語の教師に苦笑いされたのだった。
そんな酸っぱい思い出が、しかし、私の心には甘い懐かしさと共に染み込んできた。あの頃は、自分の長所だとか、大人に見せるための「力を入れたこと」など、考えたことすら無かった...ただ一生懸命に、日々を生きていた気がする。
買ってみようか。自炊などしばらくしていないし、
生で食べても美味しくなさそうだ。腐らせてしまうだけかもしれない。
でも、そんな退廃的なことをしてみるのが、今の私には必要な気がした。品行方正な就活生など、くそくらえ。腐りたいだけ腐ってしまえ。
なるほど、本の城に檸檬を置くのは、こんな気分だったのかもしれない。