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「世捨て人」気取りが世を捨てきれなかった選挙戦に思うこと

昨年まで僕は東京の渋谷区に住んでいた。
渋谷から箱根町に移住して、もうすぐ1年になる。あっという間のようでもあり、体感的には長い年月だった。

移住から新しい生活へのスイッチで私事に集中していたこともあり、今回の参議院議員選挙は完全にノーマーク。
そもそも数年来、政治に関心がなく、世の中にさえ関心が薄くなっていた。東京オリンピックも外部スタッフとして携わりはしたが、行事そのものにはあまり関心がなく、開会式もろくに見ずにさっさと東京を後にした。この執着の無さは名人級だ。

移住後の新生活に奮闘のなか、もちろん冬季オリンピックも開催されていることも気づかずに山の上で独自の暮らしを営んでいた。テレビのない田舎暮らしは僕の体質には合っていたようだ。ときおり、NHKの連続テレビ小説が気になったり、「徹子の部屋」まだやっているのかなと気にする以外は、ニュースもネットやSNSでわかるならそれで代用できた。

そんな感じで暮らしていたから、もちろん、政治に興味がわくまでもない。毎回、参議院選挙は候補者の顔ぶれが種種雑多で面白いとは感じていたし、今回もいろいろ盛り上がっているんだろうかなという程度であった。
乙武洋匡が立候補したと聞いたときは
「ほぉ、スキャンダルを乗り越えたキャラ。満を持して、ついに出馬か」とは思ったが、別段、それ以上の関心はなかった。You Tube等のメディアでよく見かけていたが、ああ、ひろゆきと仲良いんだな、とかその程度。東京は盛り上がってんな。正直、東京脱出組の僕には、もうどうでもよく、今更感しかなかった。

ところが、あるときから少しずつ意識が変わってきた。ひろゆきが乙武の応援演説で渋谷の街頭に立ったのを見て「あれっ、珍しいこともあるもんだ」とYou Tubeを観て、その演説内容に感銘を受けてしまった。若い人たちの間で何か大きなことが起こりつつあるのかもしれない…とそわそわし始めた。

数日後にはホリエモンこと堀江貴文が応援演説。ホリエモンとひろゆき…面白そうなことに首を突っ込んだだけにしても、影響力ある二人がそろって公の場に出てきた。もう無視できる雰囲気ではなくなった。

ああ、渋谷では焼肉から選挙まで、本当に様々な事態の震源地化しているな。やべーな渋谷。世捨て人気取りでいた僕も、だんだん落ち着かなくなってきた。そして、部外者ながら久々に政治に耳を傾けるようになっていた。

というか、かつて、ジャーナリズムを勉強し、人を傷つけずに言論の戦いをどう進めるかと心と頭を悩ませていた、かつて若かりし頃の文屋の自分が蘇ってきてしまったのだ。
今でこそ、根性もすっかりねじ曲がり、天邪鬼で世間を斜に見るくせがついてしまったが、
乙武洋匡を見ていて、正直、どうしてこんなに純粋に心の命ずるままに進んで行くことが出来るのだろうと羨ましい気持ちになっていた。僕がとうの昔に捨ててきたなにかを、この人は持っているんだと感じた。
それは、妬ましいくらいに純粋な思いと情熱と行動力だった。

しかし、僕はもう東京都民ではない。若者ですらない。ボランティア精神など、はじめから無い。不健全な輩なのである。傍観者でしかないのである。しかし、地元の民のために、自らが投票所に行って政治的な意志を表明するのはやぶさかでない(というもったいぶった言い方しか出来ない)


そこまで思いをめぐらせるなかで、安倍元総理大臣の暗殺事件が起きた。


ここで、僕の個人的な話を入れさせてもらう。

僕は、俳優クリストファー・ウォーケンが好きだ。
ウォーケン主演の映画では「デッドゾーン」が特に好きで、スティーブン・キングの原作を熱心に読んだ愛読者でもある。
その流れでSNSのアイコンをしばらく「デッドゾーン」の主人公、ジョン・スミスにしていた。

交通事故が起因で予知能力者となったジョンが、未来が見えるあまり苦しむサスペンス・スリラーだ。
そのジョンは、アメリカ大統領選挙のさなか、偶然大統領候補者と握手をする機会があり、その瞬間、その男の本質と、核戦争へと進む国の行く末を見てしまう。
真実の未来を知ってしまったジョンは、大統領候補を暗殺すべく計画を実行する。

このての映画は「タクシードライバー」とかでも実際の事件を引き起こしたこともあり、けっこうデリケートな作品だ。

だが、僕は銃社会のアメリカに住んでいるわけでもない。世界一安全と言われている日本に住んでいる。大統領の暗殺など対岸の火事以上に遠いおとぎ話でしかない。

大統領候補にライフルの狙いを定めたジョン・スミス。それを演じるクリストファー・ウォーケンがかっこよすぎて、なんの躊躇もなくアイコンに設定していたのだ。

安倍元総理の事件の直後、僕は慌ててアイコンを削除し、変更した。
そして、また再び戦慄する。
なんてことだろう。よりによって…
しかも、僕が移住先リストに入れていた奈良県で、
どうしてこう、次々戦慄することが自分の関心の範疇で起こるのだろう。
偶然にしても気持ち悪すぎる。
うがった見方かもしれないけれど、僕は熱が出そうなくらい、ゾッとした。

さて、話を元に戻そう。
結局、これら一連の政治にからむあれやこれやの出来事から、
僕の内面では恐ろしいほどの嵐が巻き起こり、
完全に「他人事」から「自分事」に気持ちが切り替わった。

結果、数年ぶりに選挙公報に目を通し、
候補者のマニフェストを熟読し、
投票所に足を運んで自身の政治的意志の表明をした。


小さな小さな小さな一票だった。
この紙切れ(投票用紙)が、何かを変えられるとは全然思わないが。

少なくとも、自身のマインドが変わったことは確かであった。

有権者など、浅はかなのは毎度のこと、
投票日から一週間も経てば浮かれた熱も下がり、選挙があったことさえ忘れて平穏な日常に戻る。まるで、何事もなかったかのようにね。
そんなことより、毎日の暑さや、雨降りや、仕事や、人間関係や、健康状態のことで手一杯だ。

だがしかし、マインドが変わることにより
日々の日常が政治や社会と直結していて、
自身の気分や雰囲気が今日一日をつくり、
人をつくり、街をつくり
社会をつくり
そして未来へと続くのだと
あらためて思いをめぐらす機会を与えてくれた、今回の選挙戦。

安倍元首相の冥福を祈るとともに
善戦を戦いきった乙武洋匡を始め、全国の候補者とその関係者の方たちに
「世捨て人」気取りから静かな拍手と感謝の気持ちをおくりたいと思う。


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bluemharry
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