なぜここに
住まいや職を変えるたびに
「あなたはなぜここにいるんですか」とよく尋ねられた。
「ここにいるべき人じゃないですよ」とかもよく言われて
失礼なやつだなといささか憤慨したものだった。
ああそう、自分でもわからんですよ。
言葉に出来ぬ焦燥感にかられ
旅の支度を始める。
こっちに風が吹き
あっちに風が吹く。
風に吹かれて来た。とでも言えば恰好良いのにさ。
「自分の意志で来ました。」
それは本当。
ただ、意思決定機関である自身の根幹が
ものすごく脆弱。
だから、結局
「その時の気分で決めました。」としか言いようがない。
これは少しも成長してない。
歳を重ねて、多少は慎重になったり、我慢強くもなるけど、
結局、時間をかけて熟考したとしても
最後の最後には
全て風で吹き飛ばされる程度の意志。
そんな成り行き任せの自分を
冷静な自分がジャッジする瞬間に遭遇した。
ある日の休憩時間、仕事場のトイレの手洗い場で
鏡に映る自分の姿を見て驚愕した。
「違和感」
それ以外のなにものでもない。
「君はなぜここにいるんですか」と
自分に訊いてみたくなった。
こんなこと、感じたことなかった。
いや気づいていたが、感じないやうにしていた。
とにかく、仕事は仕事。
眼の前のことに無我夢中に取り組めばいい。
そうして、自らの順応能力に惚れ惚れしながら何処でもやってこれたのに。
今まで見て見ぬふりしていたものと
ようやく向き合う心の余裕が出てきたのかもしれない。
ただただ、驚いたのだ。
周囲の人々と、あきらかに違う。
自身の醸し出す雰囲気が、
周囲の空気とまるっきし違う。
そうそう、思えば幼稚園のときからそうじゃったろ。
ということを思い出した。
しかし、なんで今になって?
僕は黙って手洗い場を出て。
その日仕事を終えてから
辞表を提出した。
これからの僕は、
「なぜここに?」という違和感というものに
もう少し真剣に向き合ってみることにする。
これは、かつて感じた焦燥感とは違う、いい意味での道標になりそうだ。
何事も、まずやってみないことにはわからんからね。
何があっても、後悔はない。
人生概ね、満足。
といえるやうに。