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週末のピアノ|10月|フランツ・シューベルト

ピアノという楽器がもつ存在感や音色(おんしょく)に、恋するような感情を抱いたのは10歳の冬の日。その日はクラブ活動があり、学校を出たのが遅かったため、風にのった雪が埋め尽くすなか、防寒着のフードを深くかぶり急ぎ足で歩いていた。

そして暗く染まった空を見上げたときに、音楽が聞こえてきた。

不吉な3連符が鳴り響くなか、低く深い音が這うように重ねられる。やがて歌われる父親の声、少年の声、悪魔の声。

それはシューベルトの歌曲『魔王』で、授業の音楽鑑賞で知ったもの。ラジオやレコードなどの再生装置からではなく、耳の奥から音楽が鳴り、外気の冷たさによってではなく、心の内側から震えるような思いを体験することになった。芸術はこんなにも深く鮮やかに何かを表現しうるのだと、胸が締め上げられるような思いがした。

帰宅後、ピアノの最低音(A)を初めて鳴らし、立ち昇る倍音からあの声を再び聴いたような気がした。

僕にとってのシューベルトの原体験(そして初めての芸術体験)は、そのようになっているなか、自分でピアノを弾く際に選んだのが、後期の3つのソナタと2つの即興曲集。

Schubert|Impromptus D 899, D 935|Henle社
Schubert|Klaviersonate C-moll D 958|Henle社
Schubert|Klaviersonate A-dur D 959|Henle社
Schubert|Klaviersonate B-dur D 960|Henle社

圧倒的に不足した構成感を補って余りある、次々に現れる美しい旋律。それらを蝶よ花よと愛でながらというよりも、僕の場合は、あの日の冬の空のように、いつ始まっていつ終わるとも知れない、不吉な美しさがどこまでも続いているように感じられる。

フランツ・シューベルト(1797 – 1828年)が書いたこれらの曲の最晩年ぶりは、没年と作曲年を対照してみると、はっきりと浮かび上がる。

4つの即興曲 作品90, D 899(1827年)
4つの即興曲 作品142, D 935(1827年)
ピアノソナタ第19番 ハ短調 D 958(1828年)
ピアノソナタ第20番 イ長調 D 959(1828年)
ピアノソナタ第21番 変ロ長調 D 960(1828年)

死の陰が落ちないわけがない。また、そうした音楽であることを、格調高く、明瞭に教えてくれたのが、ヴィルヘルム・ケンプ(1895 - 1991年)だった。

Franz Schubert|Die Sonaten|Wilhelm Kempff|Deutsche Grammophon, 1965-69

10/13(日)1周終了
10/20(日)2周終了
10/27(日)3周終了

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