作曲・編曲146
すみません。昨日は書いている間に気分が高ぶってしてしまいました。
よく読むと、かなり論理が飛躍してますね(汗)。
間違っていないだけに余計厄介、すみませんでした。
今日は気持ちを切り替えて記事を書きたいと思います。
まずは一旦話を整理します。
12平均律というものはあくまでも「文法」なんですよね。当然そこから一定の制約は受けるでしょうが、当然そこから作り出される音楽が同じものである訳ではありません。
むしろ厄介なのは、例えばコードの機能性から離れたところで音楽制作を行なう、ということの難易度の高さです。
ともすればありがちな循環コードに支配されたりすることが多いですから。
ただ以前例として出したThe Policeの「Every Breath You Take」、これなんてあの有名な部分はこれでいいのかという位素直な循環コードじゃないですか。
でもそれでもあの作品の「オリジナリティ」は崩すことは出来ない。
単に「少しの工夫」でしかない、というより多分あのミュートギターのアルペジオは単なる思い付きでしかないと考えています。
多分あのアルペジオがあって、そこから曲が作られたように思えます。
むしろだからこそ「オリジナリティ」が生まれたのかもしれません。
あのアルペジオは理論とかそういうものから生まれたものではなく、単に響きが良かったからでしょう。
たぶんあれが出来た時には「勝った」と思ったでしょうね。音楽に勝ち負けなんてないけど(笑)。
で、その時に「オリジナリティ」の問題なんて考えていなかったと思います。
何か凄いの出来ちゃった、的な感覚だったのではないかと。
でもそのことが「オリジナリティ」に繋がってしまっている。だからあのアルペジオを使うとパクリ認定される(笑)。
この事がある意味「オリジナリティ」を考えるヒントになるのかもしれません。
そろそろ字数も多くなってきたので、明日はこの点について、改めて考えてみたいと思います。
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