YouTubeでの音楽活動89
最近少しずれた話になったこともありましたが、ここしばらくは再生リストの話を中心に書いてきました。
これは当然意味があってのことです。
再生回数なり高評価数が少なければ、こういうリストに載ることはありません。
で、作品に対するそれなりの評価が無ければリストから外されるでしょう。
聴かれ続ける、ということも必須要件になります。再生分数が維持出来なければ、リストに入れる意味が薄い、と判定され、外されます。
ある意味過酷な世界です。
でも、こういう世界にはいなく、内輪で褒めあっている方達も多いんですよね。
内輪でどれだけ褒めあっても、結局拡がりに欠け、閉じた世界だけで聴かれる作品にしかならないのに。
仲間内だけで褒めあう世界。そんな馴れ合いからは何も生まれない。
ただ実際にはそこに留まっている方が実に多い。
心地よいから。
でも、再生リストの評価(再生回数・再生時間維持分数)は、自分と何の関係もない方達の評価なんですよ。たまたま聴こえてきただけの曲ですから。
内輪で音楽をやっている方達には届かないところにあるものです。
適当なことを書いている、と思うならYouTube Studioのスクショ見せます(笑)。
特に自分の場合、絶滅した青い鳥も海外で規制されつつある中国産SNSもやっていない訳で、そういう意味では世間的にほとんど告知されていない。
やっているのはnoteだけ(笑)。
ただ、実はSNS、あまり意味がありません。あれは有名な人がやるか、受けが狙えるとかそういう要素で勝負するところであって、音楽が評価される場所ではない。
それがきっかけで音楽は聴かれるようになることがあっても、それは素材っとして活用されているだけ。しかもそういった例はやはり少ない。
バズらない限り、関係者の集まり以上のものにはならない。
実際に元青い鳥のフォロワー数がYouTubeのフォロワー数より多い方の方が、その逆より多いでしょう。結局のところ、音楽は聴かれていないということです。あくまでもSNS内の付き合い。
しかもYouTubeは難しい世界です。というのも誰が聴いたのかも分からない、誰が評価をしているのか分からない、匿名性の高いサービスだからです。
突然付くコメントはお返し目当てが多いようですが(笑)。
スキを誰が押したかが分かる世界ではありません。
そうすると、そこに出てくるのは本音になってきます。あくまでも数量的にした形でしか分かりませんが。
でも実際の評価がそこに現れてくる、
でもだからこそ、YouTubeでの音楽活動は面白いんですよ。
もちろん、高評価や再生回数が少なくても、素晴らしい作品は沢山あります。
だからこそもったいないんですよね。
ただ、考え方は人それぞれだから、それでいいのかもしれません。
でも、やはり「内輪の学芸会」は違うような気がします。
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