作曲・編曲⑧

流れ的には「セルフプロデュース」の方がいいのかも、とも考えたのですが、やはり「プロデューサー流れ」で来たことと、テーマとの親和性を考えて、「編曲」をしないプロデューサーにとっての編曲について考えてみたいと思います。

この場合にも色々なパターンがあると思います。

他にもパターンがあるかもしれませんが、思いつく限りで大別すると

①つんく♂さんのように作曲もやる方(編曲をやっているケースもあるかもしれませんが、ぱっと思いつきません。あとつんく♂さんの場合、言うまでも無く作詞はやってますが、あくまでも分類上こうしている、と考えてください)

②秋元康さんのように作詞専業の方

③松尾潔さんのように基本プロデューサー専業の方(この方の場合作詞をすることもありますが)

④ほぼ名義貸しに近く、実作業は他の方がやっている方(名前はあげません)

④は基本別のパターンと一緒ですから、実質的には3つといっていいでしょう。ぱっと考えただけなので他にもあるかもしれないけど(汗)。

ただこの分類にはあまり意味がない、とも考えています。

というのも、基本的な流れに変化がある訳ではないからです。

要はどの場合も「外注」であって、その曲のコンセプトに合いそうな編曲者をあてがうだけだからです。

編曲者の替えはいくらでもいますが、プロデューサーがプロデュースをしている限り、基本プロデューサーは変りませんから。

力関係が圧倒的に違うんですよね。編曲者がこれがいい、と思って編曲してもプロデューサーが考えているイメージと違えば、ダメ出しなり修正指示があるのは当然のことです。

プロデューサーって偉いんですよ、実際のふるまいではなく、音楽制作上の立場としての話です。

もちろんミュージシャンの方が強い場合もあることは当然ですが。

基本編曲者は指示から外れたことは出来ません。だからコードを付け替えろ、と言われたら付け替えるし、付け替えてはダメだ、と言われたら付け替えません。

もちろん編曲者にもよりけり、という側面もあります。名の通った方への編曲依頼であれば、こうしろああしろ、とは言いにくいですから。

これもやはり力関係の問題なんですよ。

作曲者が編曲までやる時代ですし、その上こういった「分業制」の中にいると編曲者はやはり立場が低いです。

編曲者として有名になってくると、その内プロデューサーになってしまう場合も多いので、「編曲者」専門の方の立場はやはり弱いままです。

だから、特に「セルフプロデュース」まで増えてきたこの時代においては弱い立場の存在だと思います。

明日は最近増えてきた「セルフプロデュース」について考えてみたいと思います。


ほぼ書きたいことを書いていて、読んでいただけることも期待していませんが、もし波長が合えばサポートいただけると嬉しいです!。