作曲・編曲133
実は全く違ったアプローチで「単純な循環コード」の「凡庸な曲」から抜け出す方法があります。
前にも書いた話ですが「詩先」で曲を制作することです。
ただ。この目的のためには、これまで書いていなかった条件が別にあります。
それは音楽のことをあまりよく知らない方の詩に曲を付ける、ということです。
もちろんどのような方の作品であれ、音楽を全く意識しない詩に曲を付ける方がより効果は高いでしょうが、ハードルも極めて高くなります。
もちろん大抵の詩には何かしらの「リズム」があることが多いので、そこを上手く引き出せれば、魅力的な作品になる可能性はあります。
ただ、やはりある程度曲に合わせた「構成」がないとかなり難しい。
例えとして適切ではないかもしれませんが、俳句に曲を付けるのは難しい。
俳句一つだけでは短すぎます。
当たり前の話で曲を付けることを前提としていないからです。
長い詩でも一緒で、詩にリズムがあったところで、曲の構成を意識していな詩に曲を付けることは難易度が高い。
現実に結構詩に曲を付けてほしい、という方は結構多いんですよ。そこから選択した方が遥かに楽です。
ただ、逆に楽すぎても曲がはまりやすいんですよ。そうすると「ありきたりな循環コード」が出やすくなる。
だからそういった詩の中から、音楽をあまり知らない方の詩を選んで曲を付けるといい塩梅になります。
明日は具体的にどのような詩が適切か、どのような詩が不適切なのかについて考えてみたいと思います。
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