ミュージシャン②鬼束ちひろ~9
で次のシングルは外せませんね。
ワルツじゃない「私とワルツを」です。
間奏はワルツにしてますが(笑)。
「ワルツ」って歌詞自体が一種の「比喩」なので、気にすることないんですよね。
この曲に関して言えば、経過的コードも含めて基本的なコードだけで、ノンダイアトニックコードは間奏でしか使われません。
この間奏は羽毛田丈史さんが制作した部分と思われるので、鬼束ちひろさんは関与していないでしょう。
で、この曲もやはり明確な長調なんですよね。
結構短調が多いと思われている方も多いと思いますが、それは鬼束ちひろさんの曲、ⅤーⅥmという進行で終わる場合が多いからです。
当たり前ですがこれを短調で表すとⅦーⅠmですから、DーTに当たるので、そういう見方も出来なくはありません。
ただⅤーⅠがある部分が多いので、こちらが勝つんですよ。
歌詞は苦しみや痛みに溢れていますが、そこに「愛」があるから救われるような、ダークな歌詞です。
まあこの曲は「TRICK3」の主題歌だったので、ご存じの方も多いでしょうが。
ただ、やはりこの曲を聴いて感じるのは「詩先」の強さです。
曲先でこういったコードだけで作品を作るのって逆に難しいんですよ。凡庸な作品やへんてこな作品になりかねません。
ただ詩から作ると、ここにどういう旋律を付けるとか、どういうコードを付けるか、ということを考えるので、そこに「軸」が出来ます。
また「詩」ってある種の制約になるんですよ。こう行きたい、と思う時でも、詩が制約となって行けない場合も多いです。
それに歌詞がダークなのに、明るい曲にしたらちぐはぐになるのが当然ですから、やはり曲にもダークさを出さなければならない訳です。
この曲もやはりⅣ始まりが多いんですよね。これはいかにも長調という感じにしないためには有効な手法です。
J-POPにはメジャーマイナーといった曲が多い、と前に書きましたが、鬼束ちひろさんの場合、そういうスタイルはあまり取らないにせよ、やはりいかにも長調、といった感じにすると詩との親和性に問題を来すので、こういうスタイルにしているのかと思います。
後、△7の多用もその辺に理由があるのかと。
この曲の場合、通常の△7の使い方とは違って、はっきりした和音になりやすいメジャーコードの三和音を回避するために、マイナーコードを内包する△7を多用していると考えています。
で実は間奏のワルツも実は効いているんですよ。まあこのタイトルじゃなければワルツにはしなかったとは思いますが、大サビ的な役割を果たす部分に拍子を変える、というのは実に効果的で、落ちサビを引き立てる効果が抜群です。
多分偶然的な要素も多いとは思いますが、実に良く出来た作品ですし、初期の鬼束ちひろさんを締めくくるのに相応しい曲だと思います。