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若者が生きるための基盤になる居場所・仕事・住まいを支援 采見達也さん〈前編〉

親や身近な大人を頼れない若者たちをサポート

 NPO法人サンカクシャは、虐待などを理由に親を頼ることができない15歳から25歳ぐらいまでの若者に対して、「居場所」「住まい」「仕事」の3つの支援を通して、人生を生き抜いていくためのサポートを行っています。そのために、地域や企業の方々と連携しながら、若者が安心して社会と関わる経験を積み、さまざまなつながりを作って社会に出られるよう、支援を行っています。
 
 若者支援の多くが対象を18歳までとしているところ、私たちが25歳までとしているのには理由があります。もともとは私たちも中高生向けの支援を行っていたのですが、その過程でもう少し上の年齢の人たちに支援が行き届いていないことが分かってきました。NPOとして活動する限りは、誰も手をつけない課題にこそ向き合うべきだという思いがあり、対象年齢を拡大しました。現在ではメンバーの多くが20歳を過ぎている若者たちです。
 
 実はサンカクシャにやってくる若者の9割以上が何かしらの虐待を受けていた子たちなのです。しかも、これまで誰にも気づかれず、誰にも言わずに大人になってしまった背景をもっています。もっと幼い頃に誰かが気づいていたら、どこかの段階で支援につながることができていたかもしれませんが、彼らはひたすら家で耐えるしかなかったわけです。こういった子たちが、いざ家を離れて逃げて外に出てきても、なかなかうまく立ち回ることはできません。そのため、行き場を失くして路上生活者になってしまったり、もっと悪い人たちに捕まったりすることも多いのです。
 
 こういった若者がサンカクシャにつながるルートは大きく2つあります。一つは若者が自ら本当に家に困って、明日住むところもない状況になり、とにかく探しまわった結果、運よくサンカクシャを見つけて連絡をしてくれるというのが大体半分ぐらいです。あとの半分は自治体や支援団体が「この子は今、本当に住むところに困ってるんだけど、我々では家のサポートができないから、サンカクシャさん、見てくれないか」ということで相談されるケースです。いずれにしても、彼らは支援を受けることに抵抗があるため、サポートするといってもなかなか難しいのが現状です。
 
 彼らが最初に親元を飛び出してきた際、何を調べるかと言うと、自治体で支援しているところをまずは見つけるわけです。しかし一見して「なんかちょっと難しいな」と感じてしまうと早々にそこは諦めてしまいます。

 次にSNSなどで住まい付きや寮付きの仕事を見つけたりするのですが、「高収入!」「即日入居可!」といったうたい文句のSNS求人のほとんどは闇バイトです。住まいがあるといっても1部屋に8人くらい、2段ベッドで押し込まれるようなところだったり、稼いだ収入の半分以上が搾取されてしまったりと、劣悪な環境であることが多いのです。親から逃げてきたうえに、支援を求めて見つけた場所からも逃げ出して、ようやくサンカクシャにつながったというケースもよくあります。

「居場所」「住まい」「仕事」の支援で生き抜く基盤づくり

 このように親や身近な大人を頼ることができず、孤立してしまっている若者が「生き抜いていくための基盤」として必要なのが、「居場所」と「住まい」と「仕事」です。私たちはこの3つの支援に取り組んでいますが、まず「居場所」については、拠点としている東京で週4日ほど「サンカクキチ」というスペースを運営しています。だいたい午後2時から夜9時ぐらいまで、日中を親元では安心して過ごせないような子たちがやってきて、同世代の若者たちと一緒に遊んだりご飯を食べたりしています。まるで実家のリビングのような温かい雰囲気で安心して過ごしてもらおうと作った居場所ですが、IKEAさんが内装を手がけてくださったので、ちょっとおしゃれな空間になっています。
 
 サンカクシャにやってくる若者の多くが、家では安心して眠れなかったり、昼夜逆転の生活リズムだったりするため、やっと安心できる居場所を得てゴロゴロと寝転がっている子や、ずっと寝ている子もいます。ゲームを楽しんでいる子も多いですが、他にもギターを弾いている子やご飯を誰かと一緒に作っている子など、みんな思い思いに過ごしています。
 
 私たちスタッフが彼らとどう関わっているかというと、初めから無理にコミュニケーションをとることはしていません。あまり話をしたくなさそうな子がいたら、特に声をかけずにそっとしておいて、だんだんと場に慣れてもらい、ここのスタッフには心を許してもいいんだな、という雰囲気になってきたら少しずつ話しかけていくというのを大事にしています。
 
 サンカクシャは若者支援を行う団体ではあるのですが、あまり「支援臭」を出さないように心がけています。というのは「ここに来る子たちはみんな何かに困っているのだから、なんとかして助けてあげたい」という思いで話しかけてしまうと、かえって心を閉ざしてしまうことがあるためです。
 
 したがって、支援を行う前にまずは人として一緒に過ごしていく中で、悩みがあるのなら一緒に悩んだり、どうでもいい話をたくさんしたりするなど、「普通の何でもない時間」を共有することを大事にしています。
 
 続いて私たちが「サンカクハウス」と呼んでいる「住まい」ですが、シェアハウスを3拠点と、すこし集団生活が苦手な子どもたちのための個室があり、合計22部屋を提供しています。新規面談のときに「手持ちが30円しかありません」という子や、まさに昨日親元を飛び出してきたような子たちもいるので、まずは安心して住める住居を提供することで、生活の土台を作り直す作業を行います。私たちスタッフはどうすれば彼らが自らの力で生きていけるかを一緒に考え、日々伴走しながら向き合っています。
 
 最後に「仕事」についてですが、人が仕事に就くためには住民票(住所)やスマートフォン(電話番号)などの連絡先が必要です。しかし、彼らは親元から逃げているために住民票が使えず、スマートフォンも止まってる場合が多いので、なんとかして別の契約をするなどのサポートを行っています。
 
 こうして働くために必要な連絡先を確保し、「居場所」と「住まい」を提供したとしても彼らがすぐに働けるかというと、実はなかなか難しいのが現実です。彼らはこれまでの辛い経験から、人と会うことが怖かったり、コミュニケーションがうまくとれなかったり、自分に自信がなかったり、そもそも働く意欲がなかったりします。つまり、働くことの手前の段階でつまずいてしまうことが多いため、まずは仕事を「体験」するためのサポートを行っています。

 ここでご協力いただくのが地域の皆さんなのですが、例えば銭湯の仕事の一部やカフェの仕事の一部などを私たちに提供していただき、サポートをつけながら若者たちに仕事の体験をしてもらいます。私たちはこれを「仕事の寄付」と呼んでいるのですが、拠点のひとつがある豊島区には、こうして応援してくださる人たちがたくさんいて、本当にありがたいと思っています。
 
 若者たちが仕事の「体験」を通じて、町の中で人々と触れ合っていく中で、サンカクシャ以外の顔見知りが増え、仕事とは違う場でバッタリ出会えばまた話がはずむなど、どんどんつながりができていくことに大きな意味があると思っています。町の人とつながることができれば、町の中に自分の居場所ができ上がっていくため、本当に良い取り組みができていると思っています。

サンカクシャから巣立っていく若者たち

 ここでサンカクシャを巣立って行った一人の若者のお話をご紹介します。彼は親からのネグレクト、つまり「育児放棄」の家庭で育ったのですが、さらに両親の激しい喧嘩を毎日目にするような生活状況だったようです。そしてなんとか大学まで進学したものの「もうこれ以上家には居たくない」と、家を飛び出してサンカクシャにつながりました。

 この子は先ほどもお話したように、人と会うことを怖がり、目も合わせられず、ほとんど喋ることもできない子だったのですが、なんとかして町の人たちとつなげていったわけです。すると、町の人々が「今日も〇〇くん来たんだ」と声を掛けてくれるようになり、気が付けば町の中に知り合いがたくさんできていて、そのうち私たちが連れていかなくても自ら町の中にいて、楽しそうに過ごせるようになってきました。実にここまで約2年の月日が流れています。
 
 彼はもともと地頭のいい子だったので、この夏に行政書士の資格を取得することができました。そしてゆくゆくは自分と同じような思いをしている子どもたちに対して、法律を使った支援ができたらという夢を抱き、今まさに行政書士事務所にインターンをしに行っています。こういった素敵な循環が生まれると、本当に私たちも嬉しい気持ちでいっぱいになります。
 
 同時に、これまで活動を続けてきた中で、若者が巣立っていくステップのようなものがだんだん分かってきました。

 はじめは孤立している状態で出会うのですが、「居場所」や「住まい」などの安心できる場所を提供して、まずは傷ついた心の回復に専念することが最も大切です。先ほどもお話しましたが、この過程だけで2年間もの時間がかかるのです。しかし、スタッフが辛抱強く向き合い、関係性が生まれてくると「じゃあ、遊ぼうか」と言える雰囲気になり、旅行などしたことのない子たちと旅行に行ってみようという展開になってきます。最近そのために車を手に入れて、金沢や愛媛まで車の旅をしてきました。すごく遠かったのですが、とてもいい思い出になりました。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 サンカクシャにつながる若者は、難しい言葉で言えば「ソーシャルエクスクルージョン」、つまり「社会的排除」の状態で長らく耐えてきた子どもたちであり、今回の采見さんのお話から、本当に言葉では言い尽くせない現場の逼迫した状況が伝わってきた。
 サンカクシャは、どんな若者でも頼れる大人がいる社会を目指し、「居場所」「住まい」「仕事」という具体的な3つの支援を通して、若者たちがそれぞれの人生を生き抜く基盤を作り直す活動を行っておられる。活動を続ける中でもっとも大切にしている「信頼関係づくり」に2年もの月日をかけているというのは本当に驚くが、これまで親や身近な大人に頼った経験がない子どもたちと一から信頼関係を作っていくのは並大抵のことではないだろう。
 采見さんが、とても柔らかい雰囲気で「近所のお兄さん」のように寄り添ってくれることで、彼らは「この人に頼っていいのだ」ということを初めて身体感覚として理解するのだと思う。NPOだからこそ、誰も手をつけていない課題に向き合うべきだという采見さんの思いが、行政にはない柔軟なサポートにつながっているのだろう。

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