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文化体験との融合による新たな食育へのアプローチ 今里衣さん〈後編〉

 8/10放送は、東京学芸大学附属 世田谷小学校 栄養教諭、今里衣(こん・さとえ)さんの後編でした。
  栄養教諭は2005年から制度化された職種で、学校給食の運営、献立作成、調理員さんへの指示その他衛生管理をするほか、子どもたちへの食育をコーディネートしています。

食の大切さを伝える「食育」の工夫―食と落語を同時に学ぶ

 食の大切さを子供たちに伝える活動のひとつとして、落語を取り入れた食育にチャレンジしました。もともと小学校 4 年生は、国語の授業の「日本の古典文化を知る」という単元で落語を習います。そこに株式会社キンレイさんという企業さんが着目し、落語の「生そば」を「うどん」に変え、学生落語の応援も兼ねて、学生落語家さんに学校の食育の授業で話をしてもらおうという企画を始めていたのです。

 それを知り、ぜひ子どもたちが落語という文化を体験する機会になればと思い、勤務校にお招きしました。舞台を作って落語を披露していただいた後、落語家さんと一緒に給食でうどんを食べてもらったのですが、これは給食ではアレルギーの関係でお蕎麦を出せないためです。扇子をお箸に見立てる所作などを落語家さんに教わり、子どもたちが食も落語も同時に学ぶ機会になりました。

 子どもたちの反応ですが、私の学校はすごく話に夢中になる子が多いので、もう周りが見えないぐらい、大人以上に笑ったり落ちがわかったりして話に引き込まれていました。その幕が終わったら、もうスッと顔立ちが変わって現実に戻ってくるような姿が見られたのも印象的でした。

絵本や物語に載っている料理を献立にする「お話給食」

 特徴的な取り組みをもう一つご紹介しましょう。学校図書館の司書の先生と相談して絵本や物語を取り上げ、それにちなんだメニューを給食に出す取り組みを「お話給食」と言います。私の学校でも図書館司書の先生がすごく積極的に教えてくださり、子どもたちの給食に再現して出すという取り組みをしています。

 この企画はさらに広がりを見せています。「お話給食」を実施することで、お家でも作れるレシピをよく聞かれたり、逆に初めはその物語に興味がなかったけれどメニューを立てたことでお話を読んでみたい子が増えたりしました。

 また、私が監修させていただいた『物語からうまれたおいしいレシピ』(ポプラ社、2024年)は全5巻の大変人気のあるシリーズで、『不思議の国のアリス』のアリスが食べて大きくなったニンジンのイートミー(Eat Me)ケーキや、食材が 4 品ぐらいでもできるトットちゃん弁当などを紹介しています。子どもたちは見るだけでも頭の中で想像力が育まれますし、最近はプログラミング教育なども人気ですが、「組み立てる」ことの参考にもなると思っています。その中の「よもぎばあさん」の話に出てくるよもぎ団子を実際に作ってみたという子もいますし、「早速この本を読んで作ったら美味しかったので、もっともっと他の料理も作りたい」といった声も寄せられています。

食が作るコミュニケーションの入り口

 「コスパ」(コストパフォーマンス)という言葉が最近よく聞かれますが、子どもたち自身もよく口にしています。短い時間でどれだけいいものを食べられるか、さらに、安くて美味しいことが求められています。外食する、買って食べるという選択肢が子どもたちにもある時代ですが、食事がどういう風にできているかが身近でなくなったという課題があります。

 同時に、子どもたちは「タイパ」(タイムパフォーマンス)も重視しています。食事の場面だけでなく、他の学ぶ場面でも文章が箇条書きになるなどの傾向がある中、食に関しては、誰が作物などを作って料理になり、自分の元に届くのかというプロセスを知ることが重要になります。その点、私の勤務校は給食室があって作っている人の顔が見え、匂いや香りもします。一方、給食センターから届いて自分たちで配膳することも、日本特有の文化です。給食のおかげで子どもたちはいろいろと学べる環境にあると思います。
 
 また、子どもたちと話していると、「夏なので沖縄旅行に行くんだけど、この間給食で出たもずくスープやパイナップルが現地の味と違うかどうか、旅行に行ったら確かめたい」などと口にします。食への関心が人と話す意欲になったり、誰かと話すきっかけになったり、コミュニケーションの入り口になると思っています。食には人と人とをつなげる力があり、それが子どもたちにも身についている姿を見ることも少なくありません。

海外と比較した日本の給食の良さ

 先日、栄養士の国際会議に参加し、各国の事情を学ぶ機会がありました。例えばカナダは給食のシステムがないため、とても羨ましがられました。カナダの栄養士さん自身も「カナダの食は日本よりも種類が少ない」と仰っていました。日本は色々な文化の食事を取り入れているのに対して、カナダ独特の食事というのはあまりないそうです。また、日本のように野菜を加熱して量を減らして食べることもせず、フレッシュなものを食べるスタイルが多いとのことでした。給食のシステムもなく、日本のように自分たちで配膳して食べたり、いろんな種類の献立があって先生も一緒に食べてくれたりというのは信じられないと言われました。また、カナダは様々な人種が集まっていて、みんなバラバラな食文化を持っているため、「これを食べたらみんながつながれる」といった食事があればいいなとも話をされていました。

 さらに、栄養士という立場の人が少ない国もまだまだあります。アジアの中では特にマレーシアやフィリピンは栄養士がすごく少なく、必要とされてないところもあります。食生活によって健康になるという考え方は、日本に給食があるから子どもたちに伝えられていると、再認識する機会になりました。

今後実現したいこと―料理を通じて社会を豊かに

 食の大切さを伝えるため、これまで給食で調理し美味しく食べたりするほか、子どもたちにレシピの情報などを伝えたり、食の大切さに興味を持つきっかけづくりとして落語や物語を活用したりしてきました。その一方で、子どもたちが学校以外の場面で、あるいは学校を終えてからどう過ごしているか、日本全国を見て気になってきています。

 子ども食堂という形ももちろん素晴らしいのですが、料理教室なども開催して、一緒に作って食べたりできればいいと思っています。さらに、食にアクセスしにくくなるのは高齢者も同じなので、そういった高齢の方や、今まで料理の経験がない方々、さまざまな世代の方たちと一緒に、料理を通じて社会を豊かにできたらと願っています。

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 食のデザインは人間が生きていく上で、非常に根本的なところのデザインだと思う。しかし、同時に今まで私たちが当然とか当たり前と思っていたことが当たり前ではなくなってきているため、新たなデザインや組み合わせが必要になっている。
 昔は「食べられない」時代だったのが、現代では「食べるのならより良いものを」というところに来ている。しかし、現実にはお腹を空かしている子どももいて、実際、給食が命綱になっている子どもたちもいる。さらに、食にもうあまり執着を持たないとか持てない、食べることが何か面倒くさいなどの理由で栄養不足になるケースもある。そのため、小学校ぐらいからきちんと食の大切さとか楽しさを教えることが大切になる。
 やはり、食べるということは食物を「摂取」するというだけではなく、人とつながるときに一緒に食事するなどといったことも含め、「食べる場」とか「誰とどういう風に食べるか」といったデザインが必要だ。そして、それこそがソーシャルデザインの要ではないだろうか。

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