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「見えないものが見えてくる瞬間」こそ演劇の魅力 高宮知数さん〈後編〉

生まれ故郷で出会ったアングラ演劇の衝撃

 私は高校3年生まで福岡県久留米市に住んでいました。現在は市町村合併で30万人ほどの人口になりましたが、当時は20万人弱の地方都市だったので、演劇といえば学校観劇以外では年に1回、地元のデパートや市民会館に歌舞伎がやってくる程度でした。一方、ATG(日本アート・シアター・ギルド)を含めて映画はたくさん上映されていましたし、コンサートもホールツアーがよく行われていました。福岡が地元の海援隊をはじめ、井上陽水さん、泉谷しげるさんなどは、久留米市民会館によく来てくれていたのでそのたびに出かけて行った思い出があります。
 
 そんなある日のこと、劇団黒テントを主宰する佐藤信さん作・演出の「阿部定の犬」の公演が地元であったので観に行ったところ、とても大きな衝撃を受けたのです。話に聞いてはいたのですが「アングラ演劇とはこういうものなのか」と、驚きと感動を覚えました。これが忘れもしない高校3年生の6月のことだったのですが、翌年上京してからは、久留米で出会った佐藤信さんをはじめ唐十郎さん、寺山修司さん、つかこうへいさん、太田省吾さんらが元気にいろいろな作品を上演していましたので、毎月のように楽しみに観に行きました。少しあとに、野田(秀樹)さんや鴻上(尚史)さんも小劇場に登場しはじめた頃の話です。

舞台制作の現場で改めて思う演劇の魅力とは

 今回私は、本当に久しぶりに舞台の現場制作を行うことになったのですが、観客としてずっと観続けてきて改めて感じる演劇の魅力とは「見えないものが見えてくる瞬間」があることです。それは本当にゾクゾクとするたまらない感覚で、例えば、何もない丸裸のような舞台なのに、信さんの「星の王子さま」では砂漠の下の美しい色が突然見えてきたり、あるいは「マクベス」で森が動くのが突然見えてきたりします。最近ではプロジェクションマッピングなどの特殊効果を使って背景を見せることもありますが、こういったものがない時代からずっと演劇は俳優のセリフとお客さんの想像力とのコラボレーションで「見えないものが見えてくる瞬間」をつくってきたわけです。この感覚を味わえるのは演劇だけで、映画や音楽にはない魅力ではないでしょうか。だからついつい、また観に行ってしまうのです。
  
 私がこのたび企画制作を行っている佐藤信さん作・演出の「演劇島」は、“世阿弥の「金島書」、ウィリアム・シェイクスピア「テンペスト」に習う”というサブタイトルがついているのですが、実はこのふたつとも「島」の話なので、戯曲のタイトルに「島」がついているわけです。そして、どちらも「島に流された」「追放された」という物語がベースになっています。
 
 全体としては「沈む船」「光の街」といったタイトルの7つの光景がイメージされる構成になっており、それらは主人公である「孤島に追放された一人の老人」の夢なのか幻なのかといった寓話的な内容です。信さんはこの60年間に海外の戯曲を53作品演出されていまして、そのうちの30本余りの何万行もあるセリフから選び抜かれた言葉をコラージュして、新たな作品を作り上げたのが本作です。そういう意味ではさまざまな世代の方がそれぞれの時代に感動した舞台が重なり合って再現されている側面もあるでしょう。あるいは若い方からすると、自分たちが知らない時代に熱狂を呼んだ作品に触れることができ、実に楽しい作品になっていると思います。

若い人や新しいことと「出会いたい」

 長年演劇に携わってきた立場として信さんとよく話すのが、演劇はどんな時代でも滅びないということです。最小限の舞台があって、俳優がいて観客がいれば絶対に成り立つ演劇は、ギリシャ時代から現代まで、あのコロナ禍も乗り越えてここまできているわけで、決して悲観的になる必要はないのです。しかしながら、社会状況などに鑑みたとき、今新たな演劇を作る、新たな作品を作る困難さは、昔より大きくなっているように思います。特に若い方々の中には、舞台を一度も見たことのない方が結構多いのです。こういった事実を知るにつけ、昔と違って若者が演劇を気軽に見に行く機会が減っていることを痛感します。
 
 佐藤信さんという希代の演出家は、常にその時代の新しいことに取り組む方で、今回も打ち合わせをしながらビックリすることが多かったのですが、例えばプロモーションのチラシなどに使っているキービジュアルも信さんがご自分で生成AIを使って作られました。何度も何度もトライしてブラッシュアップして完成させたのですが、それ以前にもAIが導入されてすぐシノプシス(舞台設定)づくりに使っていました。もっと前のことを思い起こせば、まだzoomがない時代からスカイプでオンラインミーティングを行っていました。海外との打ち合わせが必要な場面で「彼は別に(日本に)来なくてもオンラインでやればいいじゃないか」とおっしゃって、積極的に新しいツールを使っていたのです。
 
 さらに言うと、舞台芸術分野だけでなく、現代思想や量子物理学などにも興味を持っていて「この間読んだけどなかなか分かりやすかった」などと感想を伝えてくれることがよくあります。本当に幅広く、新しい専門書などにもチャレンジする方です。
 
 今回35年ぶりに現場の制作に携わることになった私が一番気を付けているのは、他のスタッフに迷惑をかけないようにしようということです。もう一つは次の世代に思いを寄せることで、信さんと色々考えています。そのための関連プログラムとして、演劇の現場に関わりたいと思っている方をインターンシップで受け入れることにいたしました。演劇の現場の仕事は本当に幅広く、演出や舞台監督はもちろんのこと、舞台写真や演劇評を書く仕事もあります。また衣装や広報、記録映像なども関連する仕事と言えるでしょう。一応対象者は原則40歳以下としていますが、「原則」ですので、70歳、80歳の方でももちろんお受けいたします。 
 
 インターンシップのいいところは、共に体験することだと思っています。こちらが体験を提供する立場ではあるのですが、逆にいろいろなことを質問してもらう中で気づくこともあります。そういう意味では、「教える」とか「継承する」よりは「出会いたい」と信さんはおっしゃっていて、このスタンスで若い人たちと一緒に現場で作品を作っていきたいと思っています。
 
 また、オープンスタジオといって稽古場の見学も予定しておりますし、公演終了後には前回もお話しさせていただいたHIRAKU IKEBUKUROにて「戯曲を読みなおすワークショップ」を行うことになっています。さらに海外向けに字幕付き紹介版の上演配信やポストトークもリアル+配信のハイブリットで行う予定です。
 
 「演劇島」本公演は10月6日に顔合わせを行って順次稽古に入っています。稽古が始まってからシーンを一つずつ作っていくことになるので、大変楽しみです。今回の戯曲では、主役の孤島の老人役を金春流能楽師の重鎮である櫻間金記さんにやっていただくことになっています。そしてコンテンポラリーダンスの名手である竹屋啓子さんなど、非常に達者な役者の方々に集まっていただいて、本当に佐藤信さんの集大成の作品になることは間違いないと思っています。
 
【お知らせ】
〇「演劇島」鴎座 本公演
11月8日(金)~12日(火) 座・高円寺1(杉並区)にて
詳しくはこちら→ https://kamomeza.net/
 
〇「演劇島プロジェクト」
戯曲を読みなおすワークショップ(コーディネーター: 佐藤信、髙宮知数)
日程:11月15日(金) 16日(土) 17日(日)
    13時~16時(各回3時間、全3回)
会場:HIRAKU IKEBUKURO https://www.hiraku.community/
参加費:1回1,500円、全3回3,000円
定員:各回15名
 #1:11月15日(金)ウジェーヌ・イヨネスコ『無給の殺し屋』 鈴木哲平(江戸川大学教授)
 #2:11月16日(土)ゲオルグ・ビュヒナー『ヴォイツェック』 萩原 健(明治大学教授)
 #3:エドワード・ボンド『戦争戯曲集』 近藤弘幸(東京学芸大学教授)
 
オープンスタジオ
稽古場見学 (見学後の対話・質疑は後日のポストトークでおこないます)
1:10月29日(火)~11月1日(金)座・高円寺けいこ場1
2:11月 5日(火)~ 7日(木)座・高円寺1(舞台稽古)
参加費:1回1,500円
定員:各回10名
 
上演配信+ポストトーク配信
国内 11月13日~15日の間、数回の配信
海外向け:字幕付紹介版をアジア・アートセンター・リンク経由で配信
ポストトーク リアル+オンラインによるハイブリッド開催
11月15日(金)17:00~19:30 
会場: HIRAKU IKEBUKURO
参加費: 1名1,500円
 
インターンシッププログラム
募集分野:演出助手、照明、音響、衣装、舞台監督、ドラマトゥルク、制作、広報、ライター、舞台写真家、記録映像、他
原則40歳以下。公募・面接を経て8名程度選出
「演劇島」上演のメインスタッフ中心の専門アドバイザーによる、レクチャーと技術指導
原則として、分野ごとに必要な稽古、仕込み、上演に参加(1日1,000円の交通費支給)
詳しくはこちら→ https:/kamomeza.net/category67/entry119.html

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉
 今回ご一緒している演出家・佐藤信さんをはじめ、寺山修司さん、唐十郎さん、つかこうへいさんらが元気に活躍されていた時代は、劇場などの公共施設やテント劇場を設置する公有地などを中心に、まちづくりや地域の人々の交流が広がっており、現代につながるソーシャルデザインの息吹が感じられた頃だったように思う。 
 「演劇島」プロジェクトは、「演劇島」という戯曲の本公演を中心に、本作品や「演劇」に関連した様々なプロジェクトの総称であり、すべての企画制作を担っている髙宮さんの手腕が光っている。「演劇島」は演出家・佐藤信さんがこれまで手がけてこられた海外演劇の集大成といえるが、作品やセリフのコラージュの仕方の発想やその背景にある社会との関わり方などを拝見すると、戯曲そのものが佐藤信さん流のソーシャルデザインであるし、本公演以外のワークショップやインターンシップなどのプログラムなど全体を見渡すと、いわばひとつの壮大なソーシャルデザインのプロジェクトと言えるのではないか。 

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