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小説「ワンルーム」②

ピンクの自転車は3日に一度くらいの頻度でしか置かれていなかった。

たまに帰ってきているのを見るとなんだかホッとした。自転車についたラベルから、同じ大学の大学生だということがわかっていた。

オートロックを開けて、階段を上がる。部屋に入ると、洗濯物の部屋干しのせいで湿気がすごい。

すぐベッドに倒れ込む。隣の部屋からトイレを流す音が聞こえる。このアパートは壁が薄い。そのまま記憶がなくなった。

メイクを落とさずに寝ると肌が3歳老けると言う。それも入学してから1ヶ月で、10回はやらかした。なので、私の肌は50歳なのかもしれない。

私は軽音楽サークルに入った。新歓の時に、私の好きな80年代のバンドの話ができる人が、先輩にいたのがきっかけだった。楽器未経験だった私はベースを買った。

楽器の練習はもちろん家ではできなかったので、先輩の実家に入り浸った。たまの空いてる日はコンビニバイトを入れた。夜勤の方が時給が高いので、帰りが夜中2時や3時になることも度々だった。家に帰ることも減り、部屋にいる時間も少なくなった。

前期の試験前になると、さすがにバイトも控え、家にいることが多くなった。その頃には壁の薄さやユニットバスが嫌になっていた。トイレやお風呂に行くときはApple Musicのプレイリストを再生した。この曲は名曲だから隣に聞こえてもいいと勝手に思っていた。

家にいるようになると、隣の部屋の生態が気になり始める。1週間前、家から出る時に鉢合わせた左隣の人は東南アジア系の女性だと分かった。女性は大体朝8時から家を出て、夜0時を過ぎるまで帰ってこない。右隣の人は夜6時くらいからいる時もあったし、朝9時くらいに帰ってくる時もあった。たまに男を連れ込んでいた。その男がいるときは必ず、ピンクの自転車の横に青い自転車が止まっていた。私はいらぬ音を聞かぬよう、音楽をずっとかけていた。姿は見たことがなかった。

夜型の生活をしているので、大体夜中2時3時にならないと眠気が来ない。その頃にはもう大学の生活にも慣れ、酒とある日のワンナイトの話にも慣れていた。私はめっきり出会いはなく、恋の噂も何もなかった。夜中0時過ぎるとさすがに音楽は止めた。夜中の静けさは心を沈める。

その日の夜は騒がしかった。右隣の部屋から男の怒鳴り声が聞こえた。何を言っているかまでわからなかった。私は無視して目を閉じ、眠りに落ちようとした。

女の泣き叫ぶ声が聞こえた。何かを叩くような音が連鎖する。ドアの外に誰かが飛び出た。廊下を走り去る音がする。そして、静かになった。その時の私はさほど気に留めず、目を閉じた。

三日後、また同じ音が聞こえてきた。私は翌日の英語の勉強中で徹夜しようとしていた。さすがにうるさいなぁと思い、イヤホンをしようとした。その時、チャイムが鳴った。「こんな夜中に?」と思ったが、ドアの覗き穴を覗いてみる。

外には赤い目をした女が立っていた。黒髪ロングの髪はぐちゃぐちゃで、赤いパジャマを着ていた。切羽詰まったような表情をしていた。

私は良心が痛み、ドアを開けた。

「すいません、中に入れてもらえませんか?」

「……どうぞ」

動揺したが、同じ年代くらいの女性だったのと、薄着で何も所持品を持ってなさそうなこの女をそのまま外に出しておくのも気が止め、中に入れることにした。

女は遠慮がちに突っ立っていた。私は箱ティッシュを差し出した。女はティッシュで目や鼻を拭いた。ティッシュはあっという間にボロボロの紙屑になった。それを見て、「タオルでも渡しておけば良かったな」と若干の後悔が生まれた。

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