【甲斐バンド】まだバンドでやりたいこととは?
なんとなく不穏で、不安で、ちょっと白けた感じで終始した1年がまもなく終わろうとしている。インバウンドばかりが我が物顔にのし歩く貧乏くさい国の、さえない1年のさえない年の瀬ではあるけれど、街を歩く人たちはそれでもみんなそれなりに幸せそうだ。よかったね。川崎クラブチッタで甲斐バンドのライブハウスツアー最終日を観てきた。
甲斐よしひろは最近ソロがすごくいい。ひと世代ふた世代下のミュージシャンと演るバンド形態のタイトなライブは挑戦があるし演奏もいい。フィドル、ウッドベースにギターというシンプルな編成で解体と再構築を続けるビルボードライブ公演は毎年抜群にいい。こうやってニール・ヤングみたいな感じになって歌い続ける甲斐さんを見ることができればそれでいいかなと思っていた。
だから正直、バンドはもういいかな〜と思い始めていた。いつもの曲しかやらないし、それはバンドとして確立した様式美があるということでそれはそれですごいことなんだけど、ずっと観てきてちょっと飽きもある。一昨年だったかの横浜赤レンガの野外ライブも行かなかったし、今回のツアーも千秋楽のきょう川崎だけで、ZeppHanedaもパスした。Twitter(現X)でも全然情報が入ってこないし。どんなセットで全国を回ってきたのかもよくわからないままだった。
バンドはいつの間にやら50周年なんだそうだ。50年ってすごいけれど、甲斐よしひろももはや70代だ。ミック・ジャガーは「80歳になってこれ(ロックのライブ)をやるのは本当に無理がある」と言っていたけどそりゃそうだ。甲斐バンドは毀誉褒貶あれど日本のロックとして一つのスタイルをつくった偉大なバンドではあるのだけれど、そのスタイルのままで続けて行くとしたら、さすがに先はもうそんなに長くはないだろう。そんなわけできょうはバンドとしての彼らのことは見納めのつもりで出かけた。
でも思いのほかよかった。例によっての誰もが知る曲たちで組み立てられたセットなんだけど、バンドに、そして甲斐さんにいつもと違う熱量を感じた。オールスタンディングのライブハウスという空間も良かったのだろう。長くやっている有名グループのフロントマンとして、ショーマンシップに忠実なエンターテイメントを演っている自身を演じる(くどい言い方だけどそんな感じ)いつもの甲斐よしひろとは違う「はしゃぎ方」があったと思う。
ギターの田中一郎はかつて「彼(甲斐よしひろ)にはもっと『変な人』になってほしいですね」と語っていた。確かバンドの解散の時で、当時は私も若かったので「変な人って??」とよくわからないままだった。でもいまはなんとなくその発言の真意が理解できるような気もする。客が求めるライブを商品として安定的に提供するエンターテイナーではなくて、自分の好きなことを好きなように好きなときにやるわがままなバンドマンになって(あるいは、に戻って)ほしいと言ったのだろう。
しかし当時のバンドはそれなりに、いや相当にビッグビジネスだったから、その全責任を負う甲斐よしひろにそれを求めるのはけっこう酷な話だ。イチローらしい天然発言という気もする。
ところが幸か不幸か、そういうビジネス的なプレッシャーはだんだんと軽くなり、ファンも残る人は残り、去る人は去り、戻る人は戻って、ちょうどよい塩梅のバジェットになったのかもしれない。この10年くらいかな、新作をつくってそれが売れないと昔の人扱いされる風潮から自由になった後の甲斐よしひろは、とても肩の力が抜けて「いい感じ」だ。お客さんもまたしかり。そういう両者が特にうまく交錯したタイミングが今回のライブハウスツアーだったのかなとも思う。ライブハウスから始まって、ホール、アリーナ、そしてまたホール、ライブハウスに戻る。それはきっと退潮とは違うタイプの物事の道理だ。
ちょっと「ブラッド・イン・ザ・ストリート」を期待していたのだけどそれは演らず、やったのは「ティーンエイジ・ラスト」だった。大森信和に短く言及した。「嵐の季節」は最後がストーンズ「You can’t always get what you want」みたいに倍速になるアレンジで良き。「氷のくちびる」からの「翼あるもの」はやっぱり上がる。ひさびさにエレキギターが主役のライブ曲を聴いたと感じた。「ポップコーンをほおばって」は演らなかった。バンドの始まりの曲なのに。ひねくれもん笑
このバンドに特有の「客が全曲フルコーラス歌う」青空喫茶モードもひさびさに臨場すると懐かしい。コール&レスポンスじゃなくて、ボーカリストと最初から最後まで合唱するあれ。思えばあれはほかのバンドでは見たことない。今回は特に女声が元気で若々しいと思った。みんないい歳のはずなのに(失礼)、高校の合唱部の放課後の斉唱みたいに素敵だった。
思えば私など若輩者で、きょう会場にいたファンの人たちは、1970年代、80年代のライブカルチャーを作ってきた人たちだ。まだ「ロックは不良が聴くもの」の残滓があった頃の。彼らがいなくなるのが先か、甲斐よしひろが歌えなくなるのが先か。もはやメインストリームではなくなったロックの行く末がどうなるのか、自分は見届けることができるだろうか。
「来年は新曲を出します」と言っていた。「それなりのカタマリになると思うので楽しみにしていてほしい」とも。全部新曲のアルバムを円盤で、ということはさすがにないとは思うけれど、甲斐さんはまだバンドでやりたいことがあるみたい。
2024/12/29