夏の着物の最適解
立春もとうに過ぎ去り、夏の到来を間近に迫った今日この頃。
みなさんは、お祭りや盆踊りなど、夏の楽しみなイベントをスケジュール帳に書き込んだりされているのでしょうか。学生時代、友人と夏祭りに出掛けた折、「みんなで浴衣を着よう」という友人の提案を気恥ずかしさから断ってしまった自分が、今では着物で暮らしているなんて不思議なものです。
今日は、そんな夏にまつわる着物の話です。
夏の着物選びは難しい
着物で暮らし始めて何度目かの、散り桜を眺める時分。
少しずつ着物に慣れてきた私は、ついに長襦袢を仕立てることにしました。着物や帯などの主役ではなく、いわゆる肌着です。それをわざわざ着物屋さんに注文するなんて、着物を着ない人には理解できないでしょう。なにせ、それまでの私がそうでしたので。
そんな私がなぜ、長襦袢を注文することになったのでしょう。これまでは、古着の浴衣なんかを長襦袢の代わりにしていました。それが安上がりですし、着物の下に隠れる襦袢なんてなんでもいいと思っていました。ところがそうも言ってられないのが、日本の夏。
高く青い空と白い入道雲、蝉しぐれ、田舎のおばあちゃん家とスイカ、そして殺人的な猛暑と、じめじめした湿気。涼しい夏着物と夏帯をまとってみても、その下に木綿やポリの浴衣を着ていては、リネンシャツの下にヒートテックを着ているようなもので、コーディネートのタイトルが「着物版サウナスーツ 30代男性の汗を添えて」なんて大惨事になってしまいます。
では、夏着物の下になにも着なければいいとも思ったのですが、透けるからこその夏着物ですので、それも難しい。羞恥心と社会秩序のため、なにか下に着なくてはいけないのです。
せっかくの夏着物ですから、ちゃんと涼しく着てあげたい。これが、麻の長襦袢が必要になった理由です。古着に麻着物が売っていれば、とっくに長襦袢代わりに買って問題解決なのですが、全然流通していないんです。正確には、自分に合うサイズが見つからないんですよね。古着好きが言う「弾数が少ない」ってやつです。そこで、着物屋さんに注文することにしたのでした。
いちから選んだ麻の長襦袢ですから、「着るなら真夏でしょ!」と猛暑日を選んで着た日は今でも覚えています。すごく暑くてしんどくて、汗のべたつきがたいそう不快でした・・・。夏用の着物、夏用の帯、そして夏用の長襦袢を着たのに暑いなんて、信じられませんでした。危うく、罪のない新品の麻襦袢を嫌いになりそうでした。
その日の気温に応じた着物選びは、けっこう難しい。そう痛感しました。
そんな経緯で、着物で暮らし始めた初期のころから、その日のコーディネートと気候、体感(暑い、寒いなど)を、こつこつと記録してきました。もう6年になりますが、分かったことがあります。着物は全身を包み隠す衣類である。当たり前のことですが、これが着物で快適に過ごすうえでとても大切な知見になります。
洋服なら、暑いから上着を脱ぐとか腕まくりする、なんて体温調整ができますけれど、全身に布を重ね着している着物では難しいのです。つまり、身にまとう「布」の種類によって、夏を快適に過ごせるかどうか左右されるということです。
そしてもうひとつ。はっきり言って、天気予報を参考に着物を選ぶなんて芸当は、初心者には難易度高いのです!無理です!!
そこで本日は、私がコツコツ記録した資料をもとに、「夏着物の快適な着こなし」について、夏に着物を着たい男性の参考になるようにまとめていきます。
さきに結論から申しますと、私の夏着物のおすすめスタイルは以下の通りです。
襦袢を省く浴衣スタイルが一番涼しい。
湿度が高い時は実気温+5℃で考えるとよさそう。
最高気温30℃以下なら浴衣スタイルが一番快適。
最高気温31~34℃で湿度が低いならば、薄物、麻、浴衣どれも快適。
最高気温35℃以上の猛暑日は、湿度が低い&麻着物ならなんとかなる。しかし何着ても暑い。
※鉄則:肌着は、麻かエアリズム。
※禁忌:単衣、羽織(暑すぎて無理。死んじゃう。絽や麻の夏用羽織ですら暑くて、夏は着れません。春秋に使ってます)。
※お願い:ぜひ日傘を。直射日光は避け、熱中症に気をつけましょう!
気温ごとのおすすめスタイル
最高気温25~29℃編
この気温の時期には、浴衣として着物を着ることが多いです。
薄物や麻着物などの透け感の強い着物を着ることもあるのですが、その場合には長襦袢を下に重ねる必要があります。いくら薄い生地だとしても重ねると暑いです。私の感覚では、木綿着物を一枚だけで着る浴衣スタイル、つまり長襦袢を省いたスタイルの方が快適でした。
おそらく梅雨入り前後の初夏や、雨の影響で気温が下がったタイミング、つまり湿度が高い気候が要因のひとつかと思われます。じめじめした日には、重ね着しない方が涼しいのです。これは単純ですが、見落としがちです。一枚着るものが少ないと、単純に着付けも楽ですのでおすすめの着こなしといえます。
しかし、浴衣スタイルならなんでもいい、とはならないのが面倒なところです。あまりおすすめしたくないのが化学繊維の浴衣です。この場合、浴衣は肌に触れても汗を吸収してくれません。べたつくだけで、かえって麻の長襦袢などを下に着てあげた方が快適になることもあります。
つまり、木綿、または綿麻の浴衣を着るのが、この時期に快適な着物ライフを送るコツだといえるでしょう。
最高気温30~35℃編
夏の訪れを感じるこの時期には、これぞ夏の真骨頂というべき透け感のある薄物や麻着物を着ることが多いです。見た目が涼しでなだけではなく、風が着物をすり抜けて素肌を撫でる感覚は、浴衣では味わえません。
私の体感では、この時期に一番快適だったのは薄物(長襦袢あり)で、次が浴衣スタイル(長襦袢なし)、最下位が麻着物(長襦袢あり)となります。
ここで誤解のないように注釈をいれさせていただきます。「麻着物ってあんまり涼しくないのかな・・・」なんて思わないでいただきたいのです。むしろ、薄物や浴衣(木綿)よりも涼しく過ごすことができるのが、麻着物です。こうなってしまったのは、薄物や浴衣も着たくないなと感じるほどに暑い日、つまり負けが濃厚な試合にばかり、麻着物に手が伸ばしていたからなのです。麻が一番涼しいことを分かっているからこそ、ここぞという時まで温存した結果、麻着物の成績が悪くなってしまっているのかと・・・。
涼しい日に出し惜しみせず麻を着ていれば、成績はきっと変わってくるでしょう。個人的に、麻着物が一番涼しいと信じて疑いません。
最高気温35℃越え 地獄編
(ダンテではないことを、先に断っておきます)この時期になると、半袖短パンサンダルの、いわゆる「虫取り少年スタイル」でも汗だらだらで、何を着てもいても暑いです。
こんな時期に、無理して慣れない着物を着る必要はありません。それでも着たいという方に強いておすすめするなら、小千谷縮などの麻着物でしょう。浴衣や薄物では猛暑には太刀打ちできず汗がとまりません。かなりしんどいのです。麻着物でも汗はかきますが、他と比較すれば不快指数は低めで過ごせます。
この時獄篇のような世界で快適に過ごすには、ちょっとしたコツがいります。麻着物を着るだけでは、まだ70点といったところでしょうか。
100点の着こなしにするコツ。それは、小物を夏物で揃えることです。身に着けるもの(襦袢、腰紐、足袋、ステテコなど)をすべて麻製にそろえる。角帯も涼しい素材(麻、芭蕉など)を選ぶ。出かける際には日傘を使って直射日光を遮る。
※せめて、ステテコをリネン素材のものに替えるだけでも試してみてほしいのです。
これだけ涙ぐましい努力をしても、正直な話、ひいひい言ってました。着物のひらひらゆらめく雰囲気は大好きです。でもこの時期だけは、お昼の暑い時間帯を避けて出歩くか、潔く洋服でお出掛けする方がいいかもしれません。
おまけ:襦袢を省く、という気づき
「そもそも、暑いなら重ね着しなきゃいいじゃない」
そんな天啓があったのは、つい最近のことです。
長襦袢とは本来、洗えない絹の着物を皮脂汚れから守るために着る下着です。しかし、今回のテーマである夏着物に関して、私は洗える着物しか持っていません。どれだけ気を付けても、大量の汗が着物についていまいますから、こまめに洗えないと困るんですもの。
「あれ?だったら長襦袢着なくてもいいんじゃないかな」
またまた天啓が落っこちてきました。
いやいや。夏の長襦袢は皮脂汚れ予防のほかに、透け防止という役割があるのです。薄い着物から身体のラインが透けてしまわないよう、身だしなみとして襦袢を着るのです。
でも待てよ。透けるとしても、それは手足ですよね。デリケートゾーンが見えるわけじゃありませんよね。
腕は、鍛えてさえいれば透けても格好良さそうです。足が透けるのはなんだか格好悪そうですけれど、ワイドシルエットのステテコを履いておけば透けません。ステテコのシルエットが透けるかもしれませんが、ワイドシルエットなら下着感も出ず、着こなしとしてはありなんじゃないでしょうか。
あれ、やっぱり長襦袢着なくていいんじゃないですか?
透け感をあえて見せるファッションもウィメンズでは流行っていますし、公共の福祉に反していなければいける気がします。それなら湿度が高かろうが35℃を越えようが夏を謳歌できますね!
ようは、シャツの下からタンクトップが透けたおじさんのような見えてはいけないもの感がないように、お洒落に透かして着ればいいわけですもんね。この夏、あえて透かす着物スタイルに挑戦してみるのはいかがでしょうか。
結び
夏の着物を楽しむ参考になりましたでしょうか。
もちろん、私の提案がすべて正しいなんてことはありません。透けるのが美意識に反する場合、長襦袢を省いて涼しくしつつ、腕が透けないように袖部分に工夫をするという方法もあります。日よけや冷房対策で羽織が必要な方もいらっしゃいますし、保冷剤を帯に仕込むといった工夫で夏を乗り切るなど、先達の知恵も様々です。
そして、もし今年の夏から着物を着たいなぁ、なんて興味を持っていらっしゃる方には、こちらの記事も読んでいただきたい。
みなさんのライフスタイルに合う夏着物を満喫する情報が見つかりますように。
おわり。