着物で自転車に乗るコツ
「いや、それは無理でしょ」
着物で暮らしたいなと思っていた頃、わたしが着物に抱いていたイメージの一つが『動きづらい、活動的ではない』というものでした。しかし、今では着物を日常的に着るようになり、その印象は徐々に薄れていくことになります。着物で旅行もすれば車も運転するし、デイキャンプにも行きました。ただ、着物に慣れてきてもなお、手を出さないことがありました。それは、着物で自転車に乗ること。
だって着物を運転する姿勢がそもそも着物に合ってなさそうでしたもん。かといって、着物で暮らしているから自転車に乗れないというのは、なかなかに不便です。買い物やカフェ巡り、図書館に本を借りに行きたいなどの、こまごまとした日々の営み。それらは歩いていけなくはないけれど、自転車の方がはるかに便利で快適なのは分かりきっていました。
そんなこんなで、数年前から少しずつ着物で自転車に乗るようにはなったものの、「着物では自転車に乗るもんじゃない」と心の奥底でずっと感じていました。
しかし、着物で暮らすライフスタイルを続けて、もう7年目。やっとというべきか、着物×自転車のコツのようなものがつかめてきました。着物と自転車の共存した暮らし。それが本日のお題です。わたしが着物生活の中で見つけたコツについて情報共有をしていく、という趣旨であります。
これまでも、着物で自転車に乗る方法について情報発信している個人、媒体はいくつも見てきましたが、どれも「前掛けを着れば裾がまくれない」、「着物の前合わせをクリップで留める」、「袴をはけばいい」など、なにかしらを付け足す工夫ばかりでした。
自然体で暮らしたい私としましては、シンプルで素のままの着物姿で自転車に乗りたいというなんとも面倒くさいこだわりを持っていたので、ネットで拾えるアドバイスたちは参考になりませんでした。なので、今回わたしが皆さんに紹介するコツは全て、普通の着物姿で自転車に乗ることを念頭に置いたものになります。わたしと同じように感じ、思い悩んでいる方の参考になりましたら幸いです。
結論としましては、
自転車はフレーム低めを選び、サドルは高くする
着物は裾さばきをよくして、薄物を着なければ大丈夫
となります。着物で自転車に乗るコツの詳しい解説はこれから述べていきますので、一緒に見ていきましょう。
※もし着物に興味をお持ちの方であれば、こちらの記事も参考になるかと。
着物×自転車のコツ
自転車選びから、すでにサイクリングは始まっている
そもそも、自転車がこんなタイプであれば、着物で乗るのはあきらめたほうがいいかもしれません・・・。
なぜなら、わたしが皆さんにおすすめしたい自転車は、ずばり『ロングスカートの貴婦人でも乗れそうなやつ』だからです。・・・貴婦人は省いてもらってもかまいません。
こんな感じの、フレームが低い自転車がおすすめです。
先ほどの黒いロードバイク(画像1枚目)はフレーム、つまりまたぐ部分が高すぎるのです。自転車に乗る際に足を高く上げないとまたがることができませんし、サイクリング中も着物の裾がフレームに『割られる』状態になるので、着物が着崩れてしまいます。
一方で、写真2枚目の水色の自転車は、フレームが低いですよね。このお陰で、自転車にまたがりやすく、自転車に乗っている時も着物の裾がフレームに当たることもないので、着崩れないというだけでなく、裾の汚れも予防することができるのです。
サドルと人生の目標は高めにしましょう
わたしの自転車のサドルは、けっこう高めです。
これは決して、ただのかっこつけでやっているわけではありません。確かに、サドルが高いとまたがりにくいですし、信号待ちで止まる時に足が地面に届くか不安になることはあります。こんなデメリットがあるのにサドルを高くするなんて、やっぱりかっこつけじゃないか、と思う方がいらっしゃるのは当然です。しかし、どんなものごとにも理由はあるものでして。
サドルが高い方が、自転車に乗っている時に裾がまくれにくく、着崩れにくいのです。
とはいえ、急にサドルを高くと言われても、具体的にどのくらいがいいのかわかりませんよね。わたしの経験では、ペダルを踏みこんだ際に足がまっすぐ伸びるくらいが、着崩れないサドルの高さ加減だと実感しています。
ではなぜ、サドルを高くすると着崩れにくくなるのでしょう。ここを考えるためには、なぜ着物で自転車を漕ぐと着崩れてしまうのか、という素朴な疑問を出発点にするのがよさそうです。
自転車に乗る際の着崩れとは、裾がはだけたり、着物の前合わせがずれてしまうことを指しています。これがどうして起きてしまうのかと考えたところ、一番の原因はやはり、ペダルを漕ぐことだといえるでしょう。
漕ぐたびに膝が前に出て、着物の裾が左右交互に引っ張られる。これで着崩れるんです。足は文字通り縦横無尽に動くのですから、布を重ね合わせただけの着物では、そりゃ着崩れますわな・・・。
つまり、自転車に乗っても着物が着崩れないようにするためには、足の屈伸運動を最小限にとどめてペダルを漕ぐ必要があるということです。
足を曲げずに自転車を漕ぐなんて、なんだか一休さんのトンチのようです。着物を着崩すことなく自転車に乗るなんて芸当がいかに難しいか、遠回しに表現しているだけじゃないのか。もし私が読者なら、こう邪推してしまいそうです。しかーし、そんなことはございやせん。着物生活7年目にもなりますと、なんとなくコツがつかめてくるものでして。はじめにお伝えしたように、自転車のサドルを高めにするだけで、この問題は簡単に解決することができます。
サドルを高くすれば、足の屈伸運動を最小限に抑えることができます。自転車にまたがっている時やペダルを踏みこむ時、足がまっすぐに伸びている様子が簡単に想像できるのではないでしょうか。サドルが低い時の姿勢と比べて、膝の曲げ具合も控えめになります。ソファに深く座り込むのが低いサドルの時の体勢だとすれば、スツールに軽く腰掛けた佇まいが高いサドルの時の姿勢に近いと例えることができるでしょう。歩いている時と変わらない程度にしか膝を曲げ伸ばしできないようにすることで、着物の裾が引っ張られづらくするのです。
つまり、サドルが高い方が、ペダルを漕ぐ足の屈伸運動は控えめになり、その結果着崩れを抑えることができます。こうするだけで着物の裾が左右に広がりにくくなりますので、ぜひ試してみてください。
重さは嫌だが役に立つ
ここまで、自転車選びとサドル調整のコツを見てきました。これだけでも、着物の着崩れはかなり軽減させることができるはず。しかし、着物で自転車に乗る際に注意していただきたいことがあります。
それは、自転車に乗ると風で着物がはだけてしまうということ。
この文章を執筆していたのは、蝉すら鳴かない猛暑の8月。わたしは、軽くて透け感のある麻の着物で日々過ごしていました。でも、自転車に乗る時には別の着物に着替えることがしばしばありました。なぜかって?軽い着物で自転車乗ると、マリリン化してしまうんですもの。
麻、絽、紗、ポリエステル。これらの素材の軽やかな着物は夏の空気によく似合い、汗だくな身体には心地よいのですが、いかんせん軽すぎます。突風だけでなく、そよ風でも簡単に裾がめくれてしまいます。自転車で風を切って走れば、いわんやをや・・・。下にステテコを履いているからといって、「パンツじゃないから恥ずかしくないもん」と開き直るのも、情緒というか品格というか・・・。下に着ているものが見えてしまうのはみっともないと思ってしまう性なもので、軽い生地の着物を着た日に自転車に乗ると、めくれた裾を直し、まためくれてはまた直す、と延々と着崩れを繰り返すことになるのです。こんなイタチごっこをサイクリング中にやりたくはないですよね。
しかし、しっかりした生地の着物を着ていれば、そよ風が吹いたところで布の重みを持ち上げることはできません。自転車に乗って起こる風圧程度では、裾はまくれないのです。下着が透けてしまうほどぺらぺらな着物を選びさえしなければ、よっぽど問題ありません。秋冬ものの着物であれば、自然と重みを増していきますので、こんな心配とは無縁になります。
重い衣服は肩がこるからと敬遠されがち。ですが、こと着物においては役立つ場面があるのです。どんなものにも、適材適所という言葉は当てはまるのですね。
滑ってもいい。着物の裾ならね
自転車に乗る時には、着崩れだけでなく裾さばきにも意識を向けるとよいでしょう。
裾さばきとは、着物の裾同士の擦れ合いで生じる摩擦の程度のことで、簡単に言えば『滑りの良さ』となります。裾さばきがいい=滑りがよくて歩きやすい、裾さばきが悪い=滑りが悪くて歩きづらい、という具合です。
着物は通常、長襦袢の上に着物を着ますが、どちらも体の前で重ね合わせるので、体の前側は生地4枚分の布のミルフィーユ状態になっています。この時、着心地にもつながるのが裾さばきです。ざらざらな摩擦係数高めの襦袢と長着を重ね着していると、着物の足元は裾がしっかり重なり合ってしまい、その摩擦から広がらず、足をめいっぱい前に踏み出すことができません。
着物で自転車に乗る際(またがる時、漕ぐ時、降りる時)に、着物の裾が広がってくれなければ、足がつっかかってしまいます。せっかくお洒落しても、まるで自転車に初めて乗る人かのようなぎこちない動きになってしまいますし、なにより転倒する危険があります。
つまり、自転車に乗る時には裾さばきのいい着物、つまりつるつるした大島紬やさらさらしたポリエステル、をおすすめします。ここで忘れてはならないのが長襦袢です。こちらも裾さばきのいいものにしておかないと、着物はよくても長襦袢がつっかかってしまうのですから。
もし、木綿やウールなど、比較的ざらざらしていて裾さばきのよくない着物で自転車に乗る必要がある場合には、浴衣スタイルで着物を着ることもおすすめです。着物の下に長襦袢を着ない、重ね着をしないということですね。重なる布の量を半分にすることで、裾さばきもよくなります。
筆者自身の、着物×自転車スタイル
わたしが自転車に乗る際には、木綿の着物を浴衣スタイルにして、その下に見えても恥ずかしくないワイドシルエットのステテコを履くことが多いです。風が吹いてもめくれない重たい生地の着物を、重ね着せずに裾さばきよくしたスタイルということですね。もしも着物がめくれてしまったとしても安心な鉄壁の構えです。
上記のスタイルでは、夏はよくても冬は寒くてつらいです。寒い時期には、化学繊維のつるつるした裾さばきのいい長襦袢+木綿着物か、タートルネック+ワイドパンツ(見えても恥ずかしくないやつ)を下に着た『暖かい浴衣スタイル』が多いですね。
さらに羽織を羽織ることもありますが、長羽織ですと裾が漕いでいるペダルにあたってしまうので、汚れてしまわないように気を付けましょう。
足元はペダル操作で汚れや傷がついてもいいよう、気軽なサンダルや靴を選ぶことをおすすめします。
結び
着物で自転車に乗れるようになると、生活圏が一気に広がります。着物を着ていたら自転車には乗れない、と自分を縛っている方は、こどもの頃に体験した世界が広がる楽しさ、感動を、もう一度味わうことができるでしょう。
これまでより早く移動できて、重い荷物も苦にならない。着物だからという思い込みで享受してこなかった文明の利器の恩恵を、取り戻してみてはいかがでしょうか。
みなさんの暮らしが、より一層素敵なものになりますように。
おわり
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