【創作】命(サダメ)

「出てきなさい。いるのはわかっているのよ。」

女の声が、廃墟に響き渡る。
静寂の中で聞こえるのは、少しあがった己の息と、水滴の音がひとつ…ふたつ…。
手こずったものの、相手はみな片づけたはず。だが。

…まだ誰かいる。

それは経験上の勘であり、確信だった。生唾を飲む音が妙に大きい。
女は思わず、銃を握りなおした。

コツン…コツン……

ふいに革靴の音がした。その瞬間。

ガチャ

鈍い音と共に、女のこめかみに冷たいものが触れた。

『言われなくても出てきてやるよ…コードネーム、XYZ』

聞こえた声に、男のそのニヒルな笑い方に、女は愕然とした。
それは、かつて彼女の胸を熱く焦がし、ある日忽然と消えたそれだった。

「コードネーム、バティーダ…あなただったの。」
『あぁ。驚いたよ……君はとうに死んだと聞いていたからね。君を忘れようと必死だったのにな…。』
「なんですっt…」
『いい機会だ。』

男は銃口を女から外した。同時に女は、己の銃で相手の心臓へ狙いを定めた。
黒く冷たい円形は、捕らえた的を離さなそうとしなかった。

『勝負しないか?』
「勝負?」
『早撃ちでどうだい?俺の投げるコインが落ちる音が合図だ。』

男はポケットからコインを取りだし、自在に指で遊ばせてみせた。

「いいわ。あなたの心も身体も、ガラスのように粉々にしてあげる。」
『お手並み拝見だな。お互い会うのも、これが最後だろうな。』

二人に浮かぶほのかな笑み。その瞳はどこか、悲しみと愛おしさが見え隠れしていた。
女の唇が、なにかを紡いだ。が、それが声にのることはなかった。

再び訪れた静寂の中、男は静かにコインを高く高く投げあげた。
床に落ちる音に重なって、二つの銃声が、星一つない闇へと消えていった。


2021.3.21
ラジオ番組「タマアゲSunday」に送りつけたもの。
お題 主人公・ヒロインと別れるなら、生き別れ?それとも死別?
思いのほか盛り上がったがゆえにできあがった話。

コードネームは、当時のパーソナリティさんの誕生酒から。
・女性(11/28):XYZ
カクテル言葉 「これで最後」「永遠にあなたのもの」
・男性(12/6):バティーダ・デ・カカオ
カクテル言葉 「ガラスのような繊細な心」

完全に「見た目は子供、中身は大人」な長寿作品の影響。
個人的には割とお気に入り。読んでる途中にSEが脳内に響くといいな。