独白

香月です。
noteを開いてくださり、ありがとうございます。
まず初めに、注意書きとさせて頂きます。
この後の文章は、私の「独白」であり「毒吐く」です。
あくまでも、私の感情吐露が目的のnoteになっております。
あなたにとっての不快な表現・感情があるかもしれません。
良ければ、この時点での閲覧中止も選択のひとつにお入れ下さい。





では、始めさせていただきます。



私は、私が嫌いだ。
いや、むしろ「人間」が嫌いなのかもしれない。
別に家庭環境や生活環境が悪いわけではない。
むしろ家族は優しく、友人には恵まれ、勉強はあまり出来ないが、まあそこそこの学歴はある。
周囲からすればおおむね順風満帆な人生を歩んでいるひとりであると思う。
そんな立ち位置を享受しておきながら、何を言っているのかと思うだろうか。
安心してほしい、私も常々そう思っている。

何か劇的な理由があった訳ではない。
驚くべきような事件が起きた訳でもない。

それでも、拭いきれない嫌悪が私の中に燻っている。

何故かは分からない。
いつからかも分からない。
ただ漠然とした嫌悪のような感情があり、一方で人間の心を美しいと感じる気持ちもある。
矛盾した気持ちを抱え、それを笑顔で全て覆い隠して毎日を生きている。

感動や喜びは人並みに感じると思う。
ただ怒りの感情は乏しい。
いや、ほんとは怒りを感じているのかもしれないが。
自分でも気づけていないだけで。
ただ何か起きる度に思うのだ。
「ま、どうでもいっか」と。

友人との喧嘩、恋愛のもつれ、組織内での揉め事…。
人間関係における問題は尽きないだろう。
しかし、大体のことは「そういうこともあるか」と
受け流してしまう。
「興味が湧かない」のだ。

失礼、訂正しよう。
どちらかと言えば「興味が持続しない」のだ。
極論を言ってしまえば、全ては他人のことであると感じてしまう。
他人のことに口を出す権利は無いし、する気力もない。
傍観者、もしくは部外者の立ち位置で在り続けたい。
その癖に他者の一挙一動に目を惹かれてしまう。
生身の人間を「コンテンツ」としてただ一方的に消費しているのかもしれない。


…私は最も冷たい人間では無いだろうか。
こんな自分が嫌いな一方で、変える気はない。
それはつまり自分がこの考え方を受け入れている、他者への関心がないということに繋がるのではないだろうか。
自分が嫌いだ。
私が含まれる「人間」が嫌いだ。


こう感じている自分に酔っているだけなのかもしれない。
私が消えれば万事上手くいくのでは。
何も考えず何も感じない一生の眠りに落ちたい。
全ての考えはまとまらず、輪になり、回り続ける。


きっと夜中だからだ。
いつもは埋められた心の不安が芽を出しているだけだ。
そう言い聞かせながら、今日もベッドの中で身体を丸め、目を閉じる。


香月


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