30年悩んだ蓄膿とオサラバできた話。

鼻で思いっきり呼吸ができる。

こんなにも当たり前のことが、僕には出来なかった。

鼻水が無限に出てくる感覚。

理解されなかった。


思えば、鼻に振り回されてきた人生だった。(文豪のような書き出し)

学校の授業中、鼻水がとめどなく溢れてきてポケットの中はティッシュの山。もちろん授業になんて集中できない。


試験などの大事な場面では、鼻水が出ないことを真剣に祈った。

鼻を主神とする宗教があるとしたら、僕はきっと敬虔な信者だっただろう。


ところが僕は、齢30にして“ 鼻教”から離脱することができた。



これは、日本のどこかに実在する(した)、鼻水男の涙と鼻汁にまみれた戦いの記録である。


蓄膿と副鼻腔炎持ちの僕は、ティッシュと点鼻薬を3度の飯より大切にしていた。

呼吸は基本的に口呼吸。もしかしたらエラ呼吸を習得していたのかもしれない。

調子が悪い日は、ポケットとゴミ箱がティッシュで溢れかえった。傍から見れば性欲盛んな自慰炸裂マンだろうが、そんなことはない。快楽どころか僕は苦しんでいたのだ。

反鼻教団体、通称【耳鼻咽喉科】に定期的に通っていた僕は、一時的に鼻を開通させ、鼻呼吸を堪能していた。


そんな僕だがある時、反鼻教団体の総長、通称【院長】よりこう言われる。

「手術してみませんか?」

僕の身体に電撃が走った。禁忌とも言われていた【手術】だと!?

僕は生まれて30年間一度も身体にメスを入れたことがない温室育ちの人間だった。インドア派かつ運動嫌いなので骨折すらしたこともなかった。

そんな僕の身体を切り刻むだと・・!


僕は、蓄膿の手術は怖いものだと思っていたのだ。

鼻からガバっと顔を切り開き、膿を取り出して縫合する。顔には猛烈な痛みが襲う。

そう考えていた。

おそるおそる、僕は院長に確認を取る。

「どんな手術なんですか・・?切り開いたりするんですよね?」

消え入りそうな声だった。

だが、院長は

「そんなことありません。技術も進歩していますので顔を切り開いたりはせず、顔に傷も残りませんよ。」と。


0.1秒後、僕は鼻教を脱退し、反鼻教団体の洗礼を受けていた。

「では、受けます。お願いします。」



手術は、1泊2日。日帰りでも可能だそうだが、余裕を持ちたかったので入院することにした。麻酔はもちろん全身麻酔。当然、全身麻酔も初体験だ。緊張しないはずがない。

病院に到着し、病室に案内される。

「病衣に着替えて待ちやがれェ!小便もしておけェ!」とやさしい看護師さんに指示され「はい」と返事。

別の患者さんが手術をされていたので、それが終わってからが僕の番。

何時になるのかもわからないため、死刑執行を待つような気分で過ごした。

・・・


看護師さんに「もうすぐだから出てきておいてください」

と言われ、震える足で手術室前のソファに座った。(手術中の失禁防止のため、オムツを履かされていた)

おとなしく待っていると、手術を受けていた患者さんが出てきた。

正確には、「運ばれて出てきた」。

顔に色々な器具がつけられ、血も滲んでいた。

僕は思い出した。ここは処刑場だと。


「どうぞ〜」

と世紀末覇者、かつての名で言うなら【看護師】に促され、僕は断頭台に横たわる。病院独特の眩しいライトが双眸を刺激する。

思ったよりベッドの幅が狭いことを背中が教えてくれる。のたうち回るものなら直ぐさま奈落へ真っ逆さまだと知る。

執行人、つまり【医師】が「麻酔が入ります〜」と僕の貧弱な左腕に針を刺す。

悪くない人生だった。みんないままでありがとう。

・・・という走馬灯は見えなかった。

全身麻酔のイメージを僕の貧相な語彙力で伝えるなら、

シャットダウンされる

だろう。

じわじわ眠くなるのではなく、問答無用でぶつ切りにされる感覚だ。

目を開けたら、いつのまにか手術が終わり、僕は病室のベッドの上だった。


顔が何やら重い。身体がだるい。枕元が血まみれだった。

鼻には大量のガーゼが詰め込まれており、僕はカバオくんに魔改造されたのだと悟った。ああ、これからの人生はアンパンマンに助けを乞いながら生きてゆくのだな。

看護師が来て、「どうですか?」と訊く。

見りゃわかるだろと言いたいところだが、「頭痛がします」とだけ訴えた。

看護師からロキソニンを受け取り、飲んだ。

結局、その日は食事をする気力すら湧いてこなかった。



翌日、退院。依然として鼻にはガーゼが特盛で詰め込まれていた僕は、その醜悪な容貌を隠すために鼻マスクを装着していた。

鼻マスクといっても特別なものではなく、普通の使い捨てマスクを三つ折りにし、鼻にあてがうだけだ。

この時ばかりは人類にマスク装着を強いたコロナに感謝した。

自宅に帰っても、依然身体はだるい。主食がロキソニンになっていた。

2〜3日で仕事復帰できるだろうと言われていたが、結局1週間休んだ。



いよいよ、開通日。鼻にふんだんにトッピングされたガーゼを引っこ抜くために病院へ来た。

いよいよだ。先生が鼻にピンセットを差し込む。眉間に力が入る僕。

ズルズル・・看護師達に見守られながら、途方もなく長いガーゼが僕の鼻から満を持して登場した。どんな羞恥プレイだよ。

万国旗かと思うくらいの長さだった。文字通り、奥の奥まで詰め込まれていたのだ。

止血をし、疲労困憊の僕は帰宅。今日からは鼻うがいという新ミッションに挑むことになっていた。

ぬるま湯に薬品を溶かし、鼻に噴射。最初こそうまく行かなかったが、今となっては鼻うがい検定2級くらいの腕前である。片方の穴から水が出てくるという奇芸を習得した。ちなみに鼻うがい検定というものは存在しない。


晴れて、僕は【鼻呼吸】という普通の人間にとってはパッシブスキルであるスキルを習得した。きちんと通院していく必要はあるものの、以前の100億倍快適になったことを実感している。また、副次的な効果?としては「声が変わったね」と言われた。慢性的に鼻声だったためか、聞く側にとっては変化を感じたのだろう。僕自身は良くわからない。


手術は思ったより身体への負担は少ない。金額は6万くらいだった。

鼻に悩める人はぜひとも手術を受けてほしいと思う。

鼻呼吸を習得し、新しい人生を歩んでほしい!


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