お寺でSinger Song Marimba 新谷祥子 木と、糸 音 人 八王子市龍見寺 2021.03.14.
会場に入ると、いつものようにマリンバがドカンと置かれ、その横にはパーカッションがセットされている。ここだけを見れば、新谷祥子のライヴでは見慣れた景色だ。ここだけを見れば…。
念のため書いておく。ライヴの会場は、1803年(享和3年)に再建されたというお寺の本堂。その本堂の床…いや、敷かれた畳の上にマリンバがドカンと置かれ、横にはパーカッションがセットされているのである。
僕がここで観るのは6回目になるので違和感を感じないが、初めての人はギョッとするだろう。最初は僕も驚いた。しかし、ここでの1回目のライヴで、開催に関わった人たちそれぞれの想いや思いなどがMCで語られ、この場で自分の音楽をどう届けるのか、どう届けたいのかを伝えてくれたので、今ではお寺という会場を自然に、そして必然に思っている。
さらに、3回目から音響を担当する山寺紀康さんの貢献。2回目までは、すべてが本当の手作り感に溢れるもので、もちろんそれはよい意味で反映されていたのだけれど、山寺さんが加わったことで、音響面のグレードが一気にアップした。というより、お寺をライヴハウスに変えたのだ、山寺さんは。お寺と言うことをまったく忘れてしまう音響は、本当に素晴らしい。今回も、何のストレスもなく音を聴き、音に触れ、音に包まれることができた。
こうした音に対する信頼と確信が得られれば、もう鬼に金棒である。今や彼女がホームと呼ぶ場所と環境を手に入れたわけだ。
ライヴは、タイトルでもある " 木と、糸、音、人 " で始まり、そして昨年の秋、仲井戸麗市とのDuetで公開された新曲が続いた。
その新曲は「グリーンフィールド」。新谷さんらしい易しく、優しいメロディだからこそイメージの広がり方が無限。四季それぞれの緑を聴いた人の数だけ浮かばせてくれる名曲だ。ライヴのたびにこうして新曲を披露してくれるのも、初めから変わらない魅力のひとつだ。
あたりまえのことがなんて愛おしいんだろう
最初のMCで、彼女はこのフレーズを口にする。新谷さんいわく、今日のライヴはこの思いがすべて…であり、よって、演奏される曲はジャンルの枠はなく、あちこちに飛ぶ…と言う。はたして…賛助出演のクリストファー・ハーディとの共演を含めての、その通りのプログラムは、1年半ぶりのお寺ライヴに相応しいものだった。
新曲と、2019年に発表された『私ではなくて 木が…』からのオリジナル。ジャズのスタンダードに石川さゆり、そしてバロックからチック・コリア、そして松任谷由実など、こうしたいつも通りのオリジナルとカヴァーを交えて、さらにクリスのソロ・パートと二人の共演もあるので、音だけでなく視覚的にも見応えのある構成は素晴らしかった。
特に中盤で披露されたチック・コリア。本当なら3曲演りたかった…と言っていたように、追悼の意味もあり、二人による演奏は熱演と呼ぶに相応しく、静ではなく、動の新谷祥子が爆発していた。初めに戻るが、これをお寺の本堂、しかも畳の上で演っているのだ。凄い。
カヴァーも、本当にあらゆるジャンルを取り上げるのだけれど、音楽のジャンル分けが無意味に感じられるアレンジで演奏される。これは僕が新谷さんのライヴを見始めてた当初から感じていることだ。よく、どんなカヴァーを演ってもその人の色に染めるという表現があるが、もしそうした教科書があったならば、いちばんに見本として載せたいと思う。
音楽が素晴らしいと言うことは、その音楽にふれないとわからない。しかしそれは、今までは当たり前で、意識しなかったことだとも思うが、この日、この場にいた人は、素晴らしい音楽にふれ、その素晴らしさを知り、こうしたことがなんて素晴らしいんだろうと気づくことができたはずだ。
ライヴを観ることは素晴らしい。そして、愛おしい。<2021-03-21 記>
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