日産童話と絵本のグランプリ童話大賞『あたしは本をよまない』出版によせて
このたび、第39回日産童話と絵本のグランプリ童話部門の大賞に選ばれた『あたしは本をよまない』が出版されました。
応募総数1806編のなかから選ばれた作品です。作者のコウタリリンさんは、実に13回めの応募で大賞を射止めました。これまでの過程を含め、今回の本ができあがるまでを、コウタリさんらしいユーモアのある文章でまとめてくださいましたので、ぜひご覧ください。
また後半は、絵を担当されたちばみなこさんにも感想をうかがいましたので合わせてご覧ください。
『あたしは本をよまない』ができるまで ― コウタリ リン
*以下、この、一見インタビューのような文章は、すべてコウタリリンの自問自答です。
■受賞まで
――『あたしは本をよまない』 この題名、挑戦的。
ここには私なりのたくらみがありました。
――たくらみ、とは?
子どものころ、会うたびに「学校は楽しい?」と質問するおばさんがいました。学校なんて楽しい日もあれば楽しくない日もある。それなのに、「楽しい」と答えると会話はそこで終わって、「楽しくない」と言うと「なぜ?どうして?」とさらに訊かれるのです。
おばさんは「子どもは学校が楽しいもの」と信じている人で、それを否定されると理由が知りたくなるらしいと子ども心に感じました。
――なるほど。
日産童話と絵本のグランプリの審査員の方々は「本は読むのがあたりまえ」でしょう。そこに「本をよまない」という題名があれば、きっとその理由が知りたくなるだろうと思ったのです。
中身はさておき、題名だけは興味をひけるのではないかと。そういうたくらみでした。
――では、なぜ日産童話と絵本のグランプリに応募しようと?
地元小学校の図書ボランティアをはじめたころ、図書館で読み聞かせに関する本をいろいろ借りました。その中に松岡享子先生の『えほんのせかい こどものせかい』があったのです。とてもやさしく、とても難しいことが書いてあります。でも読み終わると、この先ずっと読み聞かせをする自分を支えてくれる本だと思えました。
そんな出会いがあったので、日産童話と絵本のグランプリ審査員の中に松岡先生の名前を見つけて、応募をしました。
――それが出発点だった。
初めての応募で佳作を受賞しました。そのとき創作セミナーにも参加でき、審査員の松岡先生と三宅興子先生に直接講評していただけることになりました。松岡先生に自分の童話を読んでもらえた! そして会える! ラッキー! とうきうきでした。
でも、セミナーではつぎつぎと厳しい批評を受け、頭が真っ白になりました。なにせ自分以外の人に読んでもらうのも初めてだったので、「ほんとうに佳作をいただいていいのでしょうか?」と質問したほどです。
後でよく考えたら、松岡先生と三宅先生が、書き始めたばかりの私のお話を一言一句おろそかにせず読み込んでくださっていて、こんなにありがたい経験は他にないと気がつきました。
――2010年から毎年毎年応募を続け、13回目でグランプリ受賞。
次の年には胸をはって、先生のセミナーのおかげでグランプリを受賞できました、と表彰式でお礼を述べるつもりで応募しました。でも、現実は甘くなく、その後ずーっとグランプリには手が届きませんでした。
やがてお二人は審査員を退かれ、2022年1月に松岡先生、10月には三宅先生がお亡くなりになりました。
ご存命のうちにお礼を伝えることはかなわず、なぜもっと早く書けなかったのかと悔しさがつのります。今回の表彰式で、あのとき厳しく批評していただいたことがずっとモチベーションになっていたことを、お話しできました。感謝を新たにしています。
――あきらめなかった結果だからこその受賞。
いいえ、実はもうあきらめていました。
前の年、第38回に優秀賞をいただいたのですが、このときにもう一生グランプリは無理なのだと観念しました。こんなに毎年応募しても、優秀賞まで。きっと自分には決定的に何かが足りない。干支も一周したし、もうグランプリを目指そうなんてあきらめて、ただ応募することだけを老後の楽しみに過ごそうと決心していました。
――老後の楽しみ……?
長く応募を続けているともう年中行事に組み込まれているのです。
お正月・お盆・日産、みたいに。だからこれからもこのペースで書けばいいやと。
ですから、グランプリ受賞の連絡があったときも「老後の楽しみがなくなる!?」と。ひとりで困っていました。
■受賞のあと
――表彰式のあと、出版に向けて初めての打ち合わせがある。
日産の担当の方、大阪国際児童文学振興財団理事の方、出版社の方と顔合わせをしました。
童話の場合は、絵を描いてくださる画家さんを選ばなければなりません。歴代の絵本部門の受賞者の中からお願いするのですが、私には希望の画家さんがいました。
――それが、今回絵を担当なさった、ちばみなこさん。
はい。以前、記念品でいただいた日産童話と絵本のグランプリ絵はがきの中にちばさんのはがきがあって、『ハルとカミナリ』のハルちゃんをずっといいなぁと思っていたのです。こんなチャンスもうないかもしれないから、ダメもとでお願いしました。そうしたら、OKしていただいて。うれしいったらありませんでした。
――他に打ち合わせたことは?
お話の内容について、的確で逃げようのないご指摘をいただきました。
――具体的にはどのような指摘を?
まずユイちゃんが本を読まない理由はなにかと問われました。読者はそこが知りたいのではないかと。これについては、本を読む理由とともに、最後までずっと考えつづけました。
また、盛り上がりが足りないのではないかとも言われました。
それはじつに痛いところでした。
書き直すことになるだろうと覚悟してはいましたが、思っていたよりずっと大変になりそうだなぁとひるみました。けれど、一方で、もっとおもしろく読めるものになるのだという希望も与えてもらえました。
結局、本を読む理由も読まない理由もあまり大きな違いはないのかなと私なりの答えを思ったままに書きました。これでよかったのかどうかは、読んだ方にゆだねたいと思います。
結局、盛り上がりのために大きく書き足したりはしなかったのですが、出来上がってみれば、ちばさんの絵の力と、絵本という体裁の力でなんとか作れているように思います。
――出版社の方というのは?
担当編集者さんです。具体的に本をいっしょに作っていく方です。初めてお目にかかる出版社の方なので、こわい人だったらどうしようと心配していましたが、親しみ深くて頼りがいのある方でした。(……ホッ。 編集部注)
今では、何十通というメールのやりとりのひとつひとつが、かけがえのないものです。
■「絵本をつくる」ということ
――打ち合わせのあと、まず最初に手をつけたことは?
原稿の書き直しです。足りないところばかりが目についてあちこち手を入れました。もとの原稿用紙10枚から12枚になっていました。
それから、各ページにどのように文章を配置するかという「ページ割り」。
これも初めてだったので、編集者さんにたたき台を作ってもらいました。
そうこうしているうちに、ちばさんからユイちゃん、木田くん、草野くんの人物画案が届きました。
――人物画案の第一印象は?
はじめて見るのに、「ユイちゃん、久しぶりやね~」と声が出ました。そのくらい完成度の高い人物画を描いていただきました。
――では、そのままOKですすんだ?
最初の興奮が少しおさまると、部分的に「ん?」と感じるところがでてきました。
でも、そのときは、本を作る上で自分だけがアマチュアなので、プロの方がいいと思われるようにしていれば、いいものができるのだろうと思っていました。だから、イメージが違うところも、それが最適解なんだなぁと受けとめて「これでいいです」とお返事していました。
そこに、編集者さんから「草野くんのイメージ、私はもっと小柄だと思うのですが、どう思いますか?」と投げかけられました。
私が「ん?」と感じたのは、まさにそこだったんです。すぐさま「ちばさんの『おにのおにぎりや』に出てくる小さい鬼、こおにいのイメージです」とお答えしました。
――ナイス問いかけをもらった。
その後も編集者さんからは、的を射た問いをいくつももらいました。それを考えて答える。次、また考えて答える。そうやって考え続けることが、このお話を作り上げる原動力になりました。
――ページ割りにそって、絵ができてくる……。
この本では、教室や階段、図書館など現実の風景と、哲学や胸の奥のことなどの目に見えない風景が出てきます。目に見えない風景は、ほとんどちばさんと編集者さんにおまかせしました。
私はただ楽しみに待っているだけで、できあがってきたものも想像以上にすてきだったのです。
ちばさんには、ほんとうにご苦労をおかけしたと思います。
――そのあとは?
できあがってきた絵に合わせてまた文章を書き直します。
文字だけのときと違って、絵本では絵の情報と文字の情報をひとつの場面で処理します。実はマルチタスクなんだなと思いました。
絵本ではページをめくるという動作も重要なポイントでした。あるときは場面転換、あるときは時間経過、あるときは興味をひっぱる ”ため(ひと呼吸)” だったり。
絵の中の動きを見て、気づくこともありました。絵に合わせて文章を変えたところもあります。
絵と合わせて読むと、なくてもいい文章が目につきます。こんどはそれを削っていく作業をしました。
気前よく削りすぎて、編集者さんに「ここは残しましょう」と言われたこともありました。
――いよいよ完成が近づく。
絵本という形にするには、レイアウトや色調を整える装丁デザイナーさんも参加されます。
特にタイトルの色をどうするか、あれこれ案を出していただきました。
あらためて、絵本は多くの方々の手があって完成するのだと知りました。
■書くこと
――これからの「書くこと」について。
どんなお話を書くかは、書いてみるまでわからないのです。
児童文学には登場人物の葛藤が必要と言われます。たしかにその通りなのですが、私は自分が作り出した子どもをお話の中で苦しませたり悲しませたりすることが苦手です。ある時期は、都合よく偶然が重なり小さな困りごとがすぐ解決するような話ばかり書いていました。
――うーん、それは……。
いろんな公募に出しましたが、落選ばかりでした。
そりゃそうですよね。読み応えのないものを書いておいて、書くことに対する覚悟のなさが、そんないいわけをさせてしまうのです。
こうして、うじうじ迷っているときに『ピギー・スニードを救う話』を読みました。
――ジョン・アーヴィングのエッセイ。
アーヴィングは、現実世界でつまらない死を遂げたピギーを「真実味のあるものを書き上げ」て救おうとします。「作家の仕事は、ピギー・スニードに火をつけて、それから救おうとすることだ。何度も何度も。いつまでも。」と書いています。
私には現実のだれかを救うことはできないけれど、自分のお話の中の子どもなら自分で救えるのではないかと思いました。いや、その子たちは私にしか救えない。
お話の中で私が傷つけて自信をなくさせた子どもたちを救う。最後は私が救う。何度も何度も。いつまでも。たとえほのかな明るさでも。書くときにはそう自分に言い聞かせています。
――最後にあらためて読者に伝えたいこと、特にここを見てほしいというところがあれば。
『あたしは本をよまない』は「本をよまない」という題名ですが、私はこの本で ”本を手にとって、本とつきあってみてね” 、と、いっしょうけんめいおすすめしているつもりです。伝わるといいのですが。
それから、裏表紙のユイちゃんの絵ですが、書架にほおづえをついて笑っています。
本を読むのが好きじゃなくて、本編ではとうとう最後まで本を読まないユイちゃんですが、ここにあるのはユイちゃんの「本との和解」です。さらに言えば「本は読んでも読まなくてもあなたの近くにいつもある」という静かな事実です。
こちらから詳しく指定して描いていただいたわけではないのに、この絵を見たときに、これ以上のラストシーンはないと思いました。
あと、木田くんのスニーカーがかっこいいです(笑)。
■『あたしは本をよまない』の絵を手がけて ちばみなこ
ユイちゃん……たぶん次女で、気が強くて、勉強がそんなに得意じゃない女の子だなと思いました。
木田くん……ひとりっ子か妹がいるお兄ちゃんで、勉強が得意なメガネ男子。
草野くん……末っ子で体が大きくて、ちょっとうるさい感じの運動が得意なやんちゃな子のイメージでした。
草野くんがサッカーが得意な背の低い男の子、と具体的に聞いて、近所の子を思い浮かべて納得しました。すぐにイメージがわきました。
登場人物が限られているところと、教室や図書室の場面が多かったので、ページごとに違いを出せるか悩みました。
木田くんとユイちゃんの「哲学」のイメージをどうやったら伝えられるのか迷いました。
伝わるように表現できているといいのですが……
コウタリさん、ちばさん、ありがとうございました。
コウタリさんが書かれていた松岡先生とのエピソードは、受賞式の際にお話し下さり、同席した方々の共感と感動を呼びました。これから応募される方々にも大きな励みになったと思います。
『あたしは本をよまない』は、コウタリさんの世界観をちばさんが見事に絵にしています。
ぜひ、みなさんも手にとって読んでみてくださいね。