見出し画像

規則と人と機械と。

人は小さな頃から大人になるまで、色んな決め事に従い生活をしている。

それをそつなくこなし、逸脱しないことを良しとされてきた。

廊下を走ってはいけません。
宿題は計画的にやって終わらせましょう。
必ず毎日◯◯の課題をやりましょう。
△△の計画を毎月達成させましょう。


こんなふうに、学校でも社会でも。

私も例に漏れず規則はきちんと守ることが大切で、それが守れることが人としての素質の高さ、能力の高さだと思ってきた。
とにかく規則の一文字一句違うことのないくらいにきっちりと。

少し脱線するが、はっきり言って、私が小学生の頃、上記の理由で同級生の男の子が大嫌いだった。
というか、見下していた。

同級生でも男の子と女の子では捉え方や考え方が違う。
女の子はとにかくおませな子が多く、いけないことを平気でする男の子を上から目線で注意することが多々あった。
私もそんな女の子だったから、彼らが平気で決められたことを逸脱しているのがとにかく許せなかったのだった。
(そんな女の子であった私が、今まさにルールを逸脱することしかしない男の子二人を生み、育てているというこの事実、男の子しかお腹からは出てこなかったというこの事実たるや...)

そんな強固な考えを持って大人になった私は、ただの頭が固い人になってしまったと思う。

それを守ることで能力があると思い込んでいただけなら軽症で済んだが、
それを続けていたら、単に何も考えずに決められたことをただその通りにやるだけ、という思考回路になってしまったのだ。
所謂、“思考停止”だ。

**

決められたことをきちんとこなす。
一字一句違わずに。
...それはまるで機械やAIのようだともいえる。

つまりは、規則に従い、その通りにやるだけならこれからの時代、AIでもできてしまう、ということ。

しかもそのミスの少なさというポイントで、人間は機械やAIに完全に負けてしまうだろう。

だとしたら、単に規則を守ってこなすだけの人間は、確実に機械やAI以下だ。

じゃあ、なぜ決まりごとをつくるの?
決まりごとの意義とは?

きっと決まりごとの存在意義とは、きっちりと守る“だけ”のためでも、破る“だけ”のためでもない。
それが一つの手がかりとなり、基本となり、目の前にある事柄と対峙しながら、どうすることがみんなにとって良いことなのか、その決まりごとを作った目的や哲学的な部分を改めて考えるためなのではないか。
つまりはその規則が100%絶対的なものではなく、その規則によって目の前のことを自分なりに考えるきっかけを与えられているということではなかろうか。

**

逆から考えてみれば、
決まりごとに縛られ過ぎず、上手いことやる、つまりは融通を利かせるのが機械やAIにはない人間の能力では?

状況を判断して、良きに計らえる力。

事実だけでなく感情の面も排除せず、規則だけでなく相手の気持ちをも読み取り、最善の道を探す。
これこそが人間が持つ賢さではないだろうか。

ただただ規則を守り、守ること自体が目的になり、
なぜ守って生活や仕事をせねばならないのかを考えなくなりがちな私が、今最も身につけるべき力、念頭に置いておくべき事柄なのではないかと考えている。

↑良きに計らえない、私。もっと柔軟性を持ちたい。

#機械 #AI #決まりごと #規則 #柔軟性 #融通 #つぶやき #薬剤師

いいなと思ったら応援しよう!

Me'sotes(メソテス)
いつも読んでくださりありがとうございます。サポートしてくださると励みになります⭐︎