スコーンと娘の成長

 とある日曜日の午後に奥さんがキッチンで粘土を捏ねていたから「そんなことより一緒にスイカゲームやろうぜ俺まだ一回もスイカになったことないんだよなー」って言ったら粘土じゃなくてスコーンの生地だった。おやつに焼くのだという。

 「焼くと膨らむ?」と聞いたら「膨らむよ」と言うのでリビングから椅子を持ってきてオーブンの前に陣取りスコーンを観察しはじめた。
 3分くらい目を離さずに見ていたけど全然膨らまなかったので通りかかった奥さんを掴まえて「そんなこと言ったってぜんぜん膨らまないじょのいこー」とえなりかずき風にクレームを入れたら彼女はオーブンの中を覗き込んで「少しずつ膨らんできてるよ」と言ってウフフと走り去った。

 「こぉいつーぅ!」立ち上がって奥さんを追いかけようと振り返ったらキッチンの角に小指を強打した。うずくまった。吐き気がしてきた。「違うこれは焼き味噌なんじゃー」と昔の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡ったけどわたしのじゃなくて家康のだった。三方ヶ原の戦いで武田信玄に討ち取られそうになって恐怖のあまり脱糞した事実を強引にごまかそうとした時の家康のだった。せめて自分の走馬灯が見たかったナ。

  部屋干しされたわたしのボクサートランクスがうずくまるわたしをあざ笑うかのように揺れていたのでムカッとして近づいたらプゥ〜ンと強烈な生乾きのオイニーが鼻をかすめたので何だかもうカッチーンと来て「ホアキンフェニックーーースッ!!」と奇声をあげてピンチハンガーからトランクスを引きちぎった。リヴァー・フェニックスじゃなかったのはせめてもの情と知れ。

 スコーンのことをスコーンと忘れていたことを思い出したのでオーブンに戻って中を覗いたらスコーンが膨らんでいた。何年かぶりに知人に会うと「お子さん大きくなったねぇ」と驚かれたりするけど我が子を間近でずっと見ているとその成長が分からなかったりするからたまには少し目を離してみるのもいいのかもしれないなとオーブンの中のスコーンをぼんやりと眺めながら思った日曜日のアフタヌーン。

 あとスコーンおいしかった。

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