4.学校に行きたいけど行けない

※こちらの記事は連載記事です。
はじまりはこちらから↓


昨日の記事では、
私が「子どもの心を守りたい」と思うきっかけとなった
学校での出来事を書きました。

そして、そのきっかけが引き金となり、
娘は徐々に学校に行けなくなりました。


「遅刻してはいけない=遅れそうなら休む」という構図

そのことがあってすぐに行けなくなったとしたら、
「あのことが原因だな」って断定できるけど、

徐々に行けなくなったので、
最初は、「お友だちとのトラブルでもあったのか?」とも思っていました。

(私も長女も、その事件の記憶を封印しかけていたから。。。)


中学の時も、家から2キロ近い距離なのですが、
途中、長い信号が二つあるので、
それに引っかかるとアウト…ということもあり、

いつもギリギリに出る娘は、たまに遅刻してたともいますが、

それでも中学校の担任からは
「とにかく来てくれたらいいから、お母さん、遅刻しそうでも、絶対怒らんと家を出してやってください」と言われてました。

そして、毎朝、門に立ってくださっている校長先生や養護の先生からも
「いつもギリギリに駆け込んできて、にっこり元気におはうございますって挨拶してくれます」という報告を受けていて、

それは、ギリギリであることを指摘するというよりは、
駆け込んできても笑顔で挨拶することを褒めてもらってました(寛大)。


そんなこともあり、高校も、娘に限らず
同じ中学から行ってたお友だちも遅刻気味だったそうです。

ですが、
「遅刻はしません」と言うのを書面で約束したこともあり、
「遅刻するから行かない」という構図になっていきました。

「行きたいのに体が動かない」という状態だったので、

「起立性調節障害では?」と検査をしてみたり、
「血糖値が低いからかも?」と言われて病院行ったり、
不眠症が治ったという3万円もする目覚まし時計を買って見たり。

ありとあらゆることをしました。


そして不登校に

我が子が不登校になる前に、
「不登校の原因は家庭にある」というのも聞かされていたし、
だからこそ、自分のことをめちゃくちゃ責めました。


そして、「不登校の原因は家庭にある」という言葉に
常に苦しめられました

育て方がわるかったの?
お腹にいた時の声のかけ方が悪かったの?
食生活がよくなかったから??

何が悪かったんだろう??って、責めました。

母親ってそういう生き物。

そして、やっぱりあの事件の日に、娘を守り切れなかったことも悔やみました。


誰かに相談できていたら…

学校の先生は相談できる雰囲気はなかったし、

誰かに相談したら、その相手に苦しみを移してしまうのでは?
という心配があり、誰にも相談できませんでした。

もちろん、聞いてくれる人はいるけど、
「この人に話したら解決してもらえる」
という存在はありませんでした。

だけど、この時、誰かに頼ることができたら、
どんなに楽だったか?って思ます。


行事や役割があると学校に行ける

例えば、修学旅行などの行事になると
自分が行かないと友達が一人になるから・・・
と無理してでも行ってました。

そして、球技大会では、
バレーボールで友達とぶつかり、右薬指を骨折して、鉛筆持てなくなり、

それ以降めっきり、学校に行かなくなりました。。。

そして、整骨院にもはじめしか行かなかったので、後遺症が残りました💧


ありがたいことに、
本人よりも、友達の方が単位がなくなることを心配してくれていて、
役割があったら来るというのもわかっていたから、

7月に「学校説明会で在校生代表で挨拶してくれる人」ってときに
娘不在の中「はい!葵とやります」って手を挙げて、一緒にやろってさそってもらったり。
(そういうのは、負担には感じておらず、そういう時は行けてました)

普段は起き上がれないくらいヨレヨレなのに、
「学校説明会で、舞台の上で漫才するねん」と聞いたときは驚きましたが、

ヨレヨレなのに舞台に立って話すこともびっくりするけど、
学校説明会の挨拶で漫才もびっくりするわ(脚本は娘作)。

そしてて大爆笑を誘って、夏休みに突入しました。

夏休み明けてからはほとんど行ってなかったのですが、
10月の修学旅行は、2人部屋の日があり、
友だちが一人になるから‥と行きました。

行先はコロナの関係で飛行機移動ができない時期で
九州一周するとのことで、

「しんどくなったらお母さんがそっちに行って、途中から二人で旅行しよう」って、私も仕事は空けて心づもりしてましたが、

鹿児島で呼ばれるか?熊本で呼ばれるか?
と思ってたけど、呼ばれることなく帰宅。

相当疲れてはいたけれど、いい思い出になったと思う。


実は、この投稿では、不登校にフォーカスして書いてますが、
高2の5月に「うつかもしれない」と本人から打ち明けられ、
一人では起き上がれないくらいヘロヘロになってました。

その話は次の投稿で。

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