見出し画像

『猫を抱いて象と泳ぐ』

今までおそらく(?)小川洋子さんの作品を読んだことはなかったのだが、ある方がお勧めの本と紹介されていたので初めて手に取った。

まず『猫を抱いて象と泳ぐ』、なんて好みのタイトルなのだろうと思った。


このお話は唇の皮膚がくっついて生まれてきた少年の、チェスを中心に静かで美しい生き様を描いたものだ。

彼は幼い頃からとても頭が良く、抜群の集中力があった。
ただ、唇がくっついていたことが原因か、彼は内向的で空想することが大好きだった。
近くのデパートにかつていたとされる象のインディラに思いを馳せ、この象と自分を重ねていたように思われる。

屋上に連れてこられ、返却されるはずだった象のインディラは大きくなりすぎたために返却できなくなった。
インディラは一つも悪いことはしていないのに、皆をガッカリさせた原因が自分にあると感じていた。
少年は、そのインディラを可哀想だと思いつつも、一生そこに閉じ込められて出られないことに羨ましさを感じていた。

少年は狭い空間に身を置き、空想の世界で会話をすることを好んだ。

だが、あるときチェスの師匠になるマスターに出会う。
マスターはチェスのポーンという駒を一番愛し、自分の猫にもポーンと名付けていた。
ちなみにポーンという駒は、まるで子供のように何も出来ないが、一歩一歩前進し、決して後退しない駒だ。

少年はマスターからチェスの戦い方や、考え方、全てを学んだ。
偶然は絶対に味方してくれない、考えるのをやめるのは負ける時だなど。

マスターは少年が一つの間違いから多くのことを学んでいることを知っていた。


また、少年は祖母や祖父からも学んでいた。
祖父は古い道具を修理することが得意だったが、その使い古された家具にある染みやささくれは、それを使った人の形見であり、修理をしている間その死んだ人たちと会話をしているのだと少年は気づいた。


マスターからチェスの多くを学んだ少年だったが、そのマスターが太りすぎが原因で亡くなってしまったことから、自分自身も大きくなることを恐れた。
マスターの死と、彼のチェスをするスタイルから、真っ当な試合に出ることはせず、人形の中でチェスをするというスタイルを選ぶこととなる。

人形の中こそ自分の居場所だと。
言葉のいらない人形の中。
祖母もなぜ生まれた時少年の唇が閉じたままだったのか、それと引き換えに授けられた少年の才能を、その時はっきりと悟っていた。
少年には言葉などいらなかったのだ。

チェスは偉大な宇宙。
ただの平たい木の板だが、自分のスタイルを築き、自分の人生観を披露する果てしない宇宙である。
自分というちっぽけなものにこだわっていてはいけない。

少年は小さな体で、小さな世界に閉じこもっていたけれども、チェスという宇宙を見つけ、大切な人たちと出会うことで、彼の美しい一生をまっとうしたのだ。

この話を読んで、とても静かで、美しい話だと感じた。
独特の世界観でなんだか不思議な読後の感覚だった。
自分の宇宙を見つけることこそ人生なのだと考えさせられた。


いいなと思ったら応援しよう!