「ブランドの名前・ロゴ過剰投資の誘惑を退ける」#マーケの落とし穴 07
ブランディングとは、雑に言えば「顧客・社員・株主など様々なステークホルダーに対して企業や商品・サービスの優れた価値のイメージを浸透させる全ての行為」です。
ブランディングの効果としては、各ステークホルダーとの関係構築と関係維持のコストを低減させるケースがあります。
ただ、特にCI(コーポレートアイデンティティ)と呼ばれる、ブランドの理念・名前・ロゴを変える投資は、顧客市場に向けた投資としては経済合理性のあると言えるものは限られているのが実情です。今回は、ブランディングの中でも費用対効果が曖昧でシビアなネーミングとロゴの変更に関する落とし穴について。
ブランドの名前とロゴの変更によってビジネスが伸びる局面は限られている
統計があるわけではないですが、私の観測範囲での定性的観察に基づく見解の結論で身も蓋もないことを言ってしまうと”ブランドの名前やロゴの変更(だけ)の効果で、ビジネスの売上・収益が伸びるケースはかなり稀”です。
ブランディングは名前やロゴを変えるだけでなく、連動して商品・サービスから広告・PRまで様々な変更をし、広告・PR投資を増やすことも多いため、名前とロゴの変更によるビジネスインパクトを可視化するのは相当難しいのですが、上記は偽らざる本音です。
では、逆に「ブランドの名前とロゴの変更」が売上を伸ばすインパクトがあるケースとはなんでしょうか?
それは私が経験した限りでは2つのケースに絞られます。
1:現状の名前やロゴが、顧客からの期待値を下げるほどひどく、名前とロゴの変更で大きく改善される場合
(業態に適していない~他の業態を想起させる、商品価値レベルより大きく劣ってみえるクオリティの名前やロゴ表現など)
2:ネーミングが顧客インサイトを刺す~商品の便益を端的に表現し、売り場での訴求力が増し、商品名がPOPの役割を果たすような場合
(例でいえば小林製薬さんの商品ブランド「ケシミン」「のどぬ~る」のようなパターンです)
そう、名前とロゴの変更が、売上UPをもたらす局面は意外に限られています。
ブランドが投資テーマになる3つの事業フェーズ
実際には、名前やロゴの変更を伴うブランディングは、上記2つ以外のケースでも投資が検討され実行されます。私が個人的に、ブランド変更の投資検討価値ありと感じるのは、事業フェーズとしては3つのタイミングに集約されます。
投資検討タイミング1
”PMF後の投資拡大~成長期
(主に顧客市場での競争力向上が目的)”
商品・サービスが一定レベルでPMF(プロダクト・マーケット・フィット)したタイミングで、これから広告投資を増やすタイミングでは「どうせ広告投資して、ブランドの認知を増やすならば、より商品・サービスの価値にふさわしい名前・ロゴにしておこう」という動機が発生します。
これはPMFした商品・サービスの価値と、現状のブランドの名称・ロゴの間に大きな乖離がある場合や、実態より見劣り・誤認を引き起こす場合は、ブランド変更投資に一定の価値があります。
投資検討タイミング2
”上場カウントダウン~株式市場デビュー期
(主に投資家市場での競争力向上が目的)”
株式上場カウントダウン時期から上場後になると、経営陣は自社の株価が気になり、投資家市場を意識しはじめます。よく課題になるのは、「ヒットして商品・サービスのブランド認知は上がったが、企業ブランドの認知が低い」状況や、「複数ある商品・サービスのブランドが個別でバラバラな展開」など、企業と商品・サービスのブランドを統一するか否か、関連性をもたせるか否かの、ブランド体系の見直し検討が始まります。投資家に向けて、自社の価値が瞬時に伝わるようなエクイティストーリーと連動したブランドのミッション・ビジョン・ネーミング・ロゴの開発投資の検討は一定の価値があります。(株価は変動幅が大きいため、成功すれば回収しやすい投資です)
*上場前後は成長期でもあり採用力強化も併せて目的の場合が増えます
投資検討タイミング3
”競争力低下を経ての事業再生期
(主に顧客市場での競争力回復が目的)”
市場での競争力を失っているとき、実は商品・サービスの内容はUpdateして顧客ニーズに合致している内容なのに、既存ブランドのイメージがあまりにも「時代遅れ」「自分向けではない」と思われて機会損失している場合があります。このようなタイミングでは、既存ブランドの認知を捨てるリスクを背負ってでも、ブランドの名前・ロゴ変更の検討に一定の価値があります。
(折衷案として、認知のある名前は変えずに残し、ロゴだけ変更で刷新感出すケースも多い)
この3つは、個人的には投資検討に値する局面と思います。(もちろん結果的に、名前やロゴを変えないまま、ブランドから想起させる知覚価値の変更と、そのための4P施策展開がベストという判断も相当な割合であります)
経営者が惹かれる、ブランド変更の甘い誘い
ここまでは私の経験則に基づいて、ブランドの名前やロゴの変更の投資の経済合理性の側面から妥当なシーンやタイミングを述べてきました。
率直に言えば、ブランド力と購買の関係は、相関関係は検証できても、購買への因果関係の検証は難しく、ブランドが効きやすい業種と効きにくい業種の程度差もあります。また、実際は購入してからブランドに好意を持つような、因果関係とは言えないケースも多々あります。
それでも多くの企業は、実際に名前やロゴの変更に巨額投資を検討します。なぜでしょうか?
ブランドには、顧客市場におけるビジネスパフォーマンスを高める経済合理性の価値だけでなく、
・社内の心理的なアイデンティティ~拠り所の形成(社員が誇りを持てる)
・経営者の個人的なセンス表現や「良い会社に見せたい」心理
・企業同士の合併で、複数社名を1つに統合しなければならない
というような投資理由も存在します。
経済合理性を超えたように見える投資が、何かのリターンを生むかどうか、それは私にも正確には予測できず、成果があったように見えても貢献の程度は正確にはわかりません。そういう意味で、ブランドはある種のビジネス神話・信仰という側面もあります。効果は体感的に理解できるから信じてるけど、貢献分の厳密な測定は困難というやつです。
私の印象ですが、
・創業時にブランドの名前とロゴの開発に過剰投資(こだわるのはOKですが、時間とお金を使いすぎずほどほどに。PMF投資のほうが重要です)
・市場競争力がない本質的な原因はブランドの名前やロゴではないのに、それらの変更投資をしてしまう
というような正直ナンセンスと思える事象は現在でも散見されるため、「そのCI変更投資、いまやるべき優先順位高い投資ですか?」という問いの警鐘は常に発していきたいと思って、書いてみました。
ちなみに、インサイトフォースが支援させていただいたCIで、今までで一番ビジネス貢献したと思われる案件は、あるファンドの投資先の企業です。CI実施後の数年間を経て上場し、企業価値は数百億円ほど上昇。
後日、ファンドのパートナーの方からお誘いいただいた会食の場で「率直に言って、インサイトフォースの支援による貢献は企業価値上昇分の10%くらいはあると思う」とおっしゃっていただき、私は数十億円分の価値が詰まった和食を美味しく味わったのでした(笑)
落とし穴を避けるポイント-------
・ブランドの名前とロゴ変更のCI投資でリターンが見込める確率が高いのは、現状のブランド名称・ロゴがひどいパターンと、商品便益を直接訴求するようなネーミング変更が有効なパターンの2つ
・CI投資検討に値する局面は、PMF後の投資拡大~成長期、上場カウントダウン~株式市場デビュー期、競争力低下を経ての事業再生期の3つ
・創業時のCI過剰投資を避けること。また、市場競争力欠如の原因をブランドの名前・ロゴだと安易に決めつけないように注意する