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『チムニーと女の子』 番外編 ママンの読書   - ある日の林檎 -

2021/2/27 21:30


『チムニーと女の子』 番外編   ママンの読書    

「 ある日の林檎 」




......

ママンは カップをテーブルの上にそっと置くと、ゆっくりと立ち上がった。
毎夕、柔らかい陽が差し込む西側の壁。壁面には、背高なガラスキャビネット。出入口のドアを挟んでオーク材のサイドbyサイドが並んでいる。落ち着いた木目の家具の間、
観音開きのガラスのドアをあけテラスへと
出た。


いつもはダイニングルームのベンチか、テラスのロイドルームのアームチェアに腰掛けるのだが、今日はテラスから西側の棟に続く通路へ進んだ。少しキシキシと音が鳴る無垢板の床をゆっくりと踏みながら進んでいくと、その通路左手にある小部屋へと向かった。


小部屋の壁には 本がずらりと並べられて....壁面だけでなく 背の高い棚が たくさん並べられ、倉庫のよう。ぼんやりと暗がりを作った夕べのその
小部屋は先ほど通り抜けたテラスの明るさとはまるで違っていた。

部屋に入ると左手には 大きな鏡が立て掛けられておりそれに映った
ママンのスカートの色が、とても濃く映るほどに....。


少し暗がりの中を奥へ進むと明るい光が差し込んで一筋の光の線を作っていた。
光の線は 南側にふたつ、シンメトリーに並んだ縦長のガラス窓から 斜線を描きちょうど ママンが 手を伸ばそうとしたその棚の 足元まで 伸びてきていた……。




ショコラ色の革表紙

ママンが そっと ページを捲る....




「 ある日の林檎 」



テーブルの上    

一つの林檎に


僕は 

テーブルの上に 置かれた 

一つの林檎になる



君は スプーンを口に運びながら また 何かを 見つめていた

壁に貼られた あの 
一枚の絵葉書の中の天使。





時には、

向かい合う壁側の キャビネットの 上を ぼうっと 眺めていたり、


また、次の瞬間には 透明の硝子の花瓶に挿した 一輪の花を、

花びらを じっと、見つめていたり....

水の中に 浸かった茎の、 
茎にまとわりつく 気泡を......




僕は その時 林檎になる。


君に 見てもらいたくて....

.... 見つめてもらいたくて


いつの間にか 僕は テーブルの上の 林檎に.... なる。



僕は 君に見つめられると とても 嬉しくなるんだ。

なぜだか 不思議なんだけれど、

力が 湧いてきて 勇気が、

ほら、

何でも できそうな 気になってくるよ。


ちょっと 照れくさいけどね。


本当は もっと 


ずっと 

ずっと ずっと 


見ていてほしいんだ。




でも、やっぱり 照れくさいから 

僕はと いうと


テーブルの上の 林檎に


なるんだよ......。









ママンは そっと本を閉じて、ゆっくりと 流れる時の中

静かに 口角を あげて 微笑むのでした。


今は、ピートくんもお昼寝の
夢の中


猫のショコラは、いそいそと、
バスケットを持って 出掛けたわ。

今は、私だけの時間。
この夕べの  柔らかい 光の中で
主と共にある 私たちだけの時の中で。





チムニーと女の子 番外編 ママンの読書   - ある日の林檎 -


つゞく.... ……….


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