2024年3月末の出来事・ボルチモアの橋崩落など
春分以降、バタバタといろんなことが起きている気がしませんか。
「4月の星の動き」の記事に書きそびれた、春分後に起きていたことを少し振り返ってみたいと思います。
3月22日にロシアのコンサートホールでテロが起きたと同じ日、日本では東京の夜空に巨大な目が出現。
ロート製薬による「目の愛護ショーin Tokyo」が行われ、ドローンが巨大な目やメッセージを夜空に描きました。
東京上空に巨大な目? ドローン500機が編隊飛行 - 産経ニュース (sankei.com)
去年はちゃんと10月10日の「目の愛護デー」に行われていたんですけどね。なぜか今年は3月22日。322
大阪の夜空に「巨大な目」、500機ドローンショー…10月10日は「目の愛護デー」 : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)
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3月23日、英王室のキャサリン妃のビデオが公開されました。
キャサリン妃のメッセージ全文は、以下の記事の無料部分に書いていますので、よかったらご覧ください。
王子に人身売買疑い?
3月26日は、ボルチモア港湾にかかる橋が崩落しましたが(フランシス・スコット・キー橋崩落事故)、その少し前、こんなニュースがありました。
<<ショーン "ディディ"・コムズのロサンゼルスの自宅が、連邦政府の性売買捜査に関連して国土安全保障省に家宅捜索された。>>
家宅捜索は25日に行われたそうです。
まったく知らない人だったので、wikiって見ました。
たいそうな大物だったんですね!
そして女優のジェニファー・ロペスの元ボーイフレンドだったとか。
これまでにも性的暴行や不正行為で提起されており、様々な訴訟の対象になっていたそうです。国土安全保障省の犯罪捜査の対象になっていたとか。
ジェフリー・エプスタイン事件の捜査が大詰めになったのか、あるいは大統領選挙前の目くらましなのか、という感じもします。
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そしてなんと!これにヘンリー王子の名前が!
ヘンリー王子の名前が出て来ただけで、人身売買に関与したわけではなさそうですが、アンドルー王子のエプスタイン事件を思い出していまいます。
これ、英王室にケチをつけようという誰かの意図があったかもと思います。というのは・・・
この写真は、2007年7月1日にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われたコンサート・フォー・ダイアナ(ダイアナ妃の生誕46周年と没後10年を記念して行われた追悼コンサート)のアフターパーティーで撮られた写真だったそうです。
コンサート・フォー・ダイアナは、ウィリアム、ヘンリー両王子が企画、主催したコンサートイベントで、ディディことショーン・コムズも出演していました。
一緒にウィリアム皇太子も立っていたんですが、上の写真では切り取られていました。
エプスタイン事件で、国王チャールズ3世の弟のヨーク公アンドルー王子が児童買春で訴えられていましたから、今度はヘンリー王子?と疑いをかけられてもしかない写真ですね。
この頃は、まだ兄弟仲は良かったみたいですね。
2017年にメーガン妃と婚約してから、いろいろな変化がありました。
それについては、またいつかの機会に。
フランシス・スコット・キー橋が落ちる
事故のホロスコープを私も作ったのですが、データバンクにもあったので、そちらを転載します。プラシーダスシステムで作成されています。
アメリカでは前日の24日が月食でした。
バイアコンバスタ(天秤座15度~蠍座15度)に入った月が、天秤座16度の南ノード(カルマ)に合で、木星(コンテナ)船)と金星とでブーメランを形成しています。
魚座17度金星には小惑星ネッスス(魚座18度)が合。
南ノードのサビアンシンボルは天秤座16度 「流されてしまった船付き場 」
そのまんまですね。
3ハウス(輸送)に4天体。5度前ルールを採用すれば火星も3ハウス。
フランシス・スコット・キー 橋の崩壊によって、ボルチモア港は何か月間あるいは何年も使用できなくなる可能性が高いそうです。
当初、連邦捜査局は「テロの疑いは存在しない」と言っていましたが、最近になって「中国の仕業("遠隔曳航 "技術)だ」という見解もあるようです。(世論の目をかく乱したいだけかもしれませんが)
ダリのホロスコープ
コンテナ船ダリの誕生日(進水式)がわかったので、ネイタルホロスコープを作ってみました。
船の場合は、進水式が誕生日になります。洗礼式と同じような意味なんでしょうね。
2015年1月5日蟹座満月(14度)の日に韓国のウルサンで、ダリちゃんは生まれました。船は女性です。
式の時間がわからないので正午でホロスコープを作成。
太陽と冥王星が山羊座で合で、人間であればキャリア志向です。
天王星とでTスクエア。火星と木星は180度。土星と海王星は90度。
短気、せっかち。 アセンダントが牡羊なので、元気いっぱいです。イメージは、パラス(アテナ)ですかね。
ダリちゃんは、2016年にベルギーのアントワープ港を出港する際にも、岸壁への衝突事故を起こしていました。
トランシットを重ねて見ると、ノードのハーフリターンに月食(25日)直後の月が重なって、N月とでグランドクロスに。
N獅子木星にT天王星が90度、N水瓶金星とT冥王星が合。
獅子座木星はドラマティックが好き。
とはいえ、センセーショナルな世界デビューでしたね。
ところで、ダリちゃんは有名な画家サルバドール・ダリにちなんでいるそうですが、ダリが描いた「壊れた橋の夢」という絵がありました。
偶然なのに、すごい偶然ですね。
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ボルチモア市長のソーラーリターン
もうひとつすごい偶然がありまして、現ボルチモア市長のブランドン・モーリス・スコット(Brandon Maurice Scott)氏は、1984年4月8日生まれ。
今回の4月8日の日食がソーラーリターンです。
しかも、ソーラーリターンは前後日にズレることが多いのに、スコット市長は日食にビンゴでした。なんたる偶然!
2020年12月8日に市長に就任しています。
2020年12月といえば、木星土星のグレートコンジャンクション。
風の時代が始まった時ですね。
しかし、「スコット」でまた橋の名前と繋がりましたね。
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ボルチモア市のホロスコープ
現在のボルチモア市は、294年前の1729年7月30日か、あるいは8月8日に設立されました。
7月30日の場合は、太陽が獅子座7度にあり水星とコンジャンクション。
8月1日にサラバット彗星が発見されています。
8月8日は、その日の夜に皆既月食(サロス124)が起きていました。
月食の日に生まれた街だった可能性があります。
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1729年8月8日のホロスコープに、事故当日のトランシットを重ねて見ると、N獅子座水星にT水瓶座冥王星がオポジション、T火星がクインカンクス。
N牡羊座カイロンにはT水星がコンジャンクション。
水星は輸送を管轄するので、橋へのダメージを表していると思います。
マクヘンリー砦の攻撃
ところで、橋の名前の由来になったフランシス・スコット・キーが見たボルチモアのマクヘンリー砦の攻撃が行われたのは、1814年9月13日でした。
「War of 1812」の記事に書いたように、イギリスはナポレオン戦争にかかりきりでしたが、1814年3月31日にパリが陥落しナポレオンが退位することになったので、アメリカとの戦争に軸足を移しました。米英戦争の原因
はっきり言って1813年の時点ではアメリカが優勢だったので、アメリカ側は楽観的でした。(1813年クラニー島の戦い)
しかし、イギリスが本気出して2014年8月24日のブラーデンスバーグの戦いBattle of Bladensburgではイギリスが勝利し、その勢いでワシントンDCを焼き討ち占領しました。
この日は「アメリカ軍に与えられた最大の恥辱」と評されています。
(この日のことはまた別記事で)
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マクヘンリー砦の攻撃は9月13日に始まり、大雨の中25時間にわたって砲撃が続きましたが、イギリス軍は港を突破することができませんでした。
9月14日の朝、戦闘が終わり、その1年前に地元の著名な旗職人メアリー・ヤング・ピッカーズギルが政府の委託を受けて作った特大のアメリカ国旗(9.1 m × 12.8 m)が、嵐と砲撃でボロボロになった旗に取って代わって掲げられました。
イギリス海軍がチェサピーク湾を完全に制圧していたため、ボルチモアは1年前から最終的な攻撃に備えていたそうです。
アメリカ陸軍の指揮官ジョージ・アーミステッド少佐が、マクヘンリー砦に旗がないことに気づき、「イギリス軍が遠くからでも難なく見えるような大きな旗」を希望し実現させていました。
主旗の重さは約50ポンド (23 kg) で、90フィート (27 m) の旗竿に掲げるのに11人の男が必要だったそうです。
ジョージ・アーミステッド(1780年4月10日 - 1818年4月25日)は、祖父がアイルランドから移住したアイルランド系アメリカ人でした。
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イギリス軍の副将ジョージ・グリーブの日記には、
「晴れた朝、遠くの砦にいたアメリカ軍が胸壁の上に立派な旗を掲げた」と記していたそうです。
フランシス・スコット・キーも同じ場面を見ていたわけです。
彼はどこでそれを見ていたかというと、イギリス軍の船の上でした。
キーは、メリーランド州とワシントンD.C.で40年間弁護士を務め、重要な事件を担当した、やり手だったようです。
アンドリュー・ジャクソン大統領からコロンビア特別区の地方検事に指名され、1833年から1841年まで務めた経験もありました。
奴隷制度の熱烈な支持者としても知られており、何人もの奴隷を使っていた記録があります。元奴隷をアフリカに送ったアメリカ植民地協会のリーダーでもありました。
『星条旗』の3番の歌詞に「金で寝返った者や奴隷に避難する場所はない」という箇所があり、米英戦争で自由を求めて英軍側で闘った黒人奴隷のことを指している、国歌にふさわしいのかとの議論が一部にあるそうです。
「Key」という姓が珍しいと思って調べてみると、イングランドからの姓でした。
キーの父親のジョン・ロス・キー(John Ross Key、1754年9月19日 - 1821年10月11日))は、弁護士、大陸軍(独立戦争時)士官、裁判官でもあったとのこと。ジョンの祖父の時にアメリカに移住したそうです。
この親子の先祖を探ってみると、びっくりするような血筋でした。(Wikiではわからない)
ちょっとセンシティブ?なので、そのうち有料で書きます。
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日本語のWikipediaには「(キーは)イギリス船に拘束された」と書かれていますが、実際は夕食会に招かれていました。
もうひとつのフランシス・スコット・キー橋
同じ名前の橋がワシントンDCの近くにもあります。キーの家があった場所でだそうです。
キー・ブリッジの前は、1830年に建設された水道橋があったそうです。
水道橋は、南北戦争中には車道に転用され、1866年に新しい木造の道路が架けられました。その木造橋は、1884年に石造りの橋脚を残して取り壊されました。
橋台からわずか数ブロックのところに、キーの家があったそうです。
その後、古い橋脚の上に 2 番目の水道橋が架けられたのですが、 1902年に発表されたマクミラン・プランでは、新しいポトマック橋の提案があり、水道橋を架け替えるべきか、単に取り壊すべきかが問題になりました。
その後、1913年に橋の修理が行われ、路面電車が運行を開始しました。
1916年6月1日、陸軍工兵隊は新しい橋を「フランシス・スコット・キー橋」と命名しました。第一次世界大戦中は建設が遅れ、1923年1月17日に開通しました。
古い水道橋は1933年12月から解体が始まり、 橋脚の基部はキー橋を流氷から守るために保持されたが、今日では 1 つしか残っていないとのこと。
写真ではよくわからないですが、橋脚はドーリア式だそうです。
橋の北端には、1940年代後半に解体されたフランシス・スコット・キーの自宅がありました。現在は公園になっているそうです。
こちらの橋は簡単には落ちそうにないですね。
シンプソンズの予言
ところで、ボルチモアのフランシス・スコット・キー橋の崩落をシンプソンズが予言していたとか?
ということは、誰かの陰謀?偽旗?
なぜボルチモアの橋が狙われたのか?
このような意見も↓
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ボルチモアが舞台の映画が2002年に公開されていました。
『The Sum of All Fears』
(原作の小説では中東の反米活動家グループの設定だった)ネオナチを中心とした勢力が戦争を起こそうと策動し、スーパーボウル開催中のボルチモアのスタジアムで核爆発がおきるストーリー。
この映画が予測プログラミングだったかはわかりませんが。
フランシス・スコット・キー橋の事故自体が、ガスラィティングの可能性もあるわけです。
キーストーン(要石)はどこ?
キーストーンを外せば、すべてが崩れる。
今日はこのへんで。
お読みくださりありがとうございました。
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