短編小説 「本物の『嘘』を語る夜」
前書き
これは少し前、僕が所属する火樹銀花の140字小説として当番の曜日、金曜日に執筆させて頂いた作品だ。
これを元に僕のインカレ仲間である葉山葵々さんが書いてくれた小説もあるので、そちらを読みたい方は以下の引用からぜひ読んでほしい。同じ文章からここまで違う世界が広がるのかと吃驚されると思う。
僕は元々の140字小説の作者なので、今回記していく解釈が公式と言えば公式なのだが、葵々さんの世界観も本当に素敵だ。僕は好きだ。惚れるかと思った。僕の作り出した世界から、こんな世界が生まれるのかと正直震えた。かっこよすぎると思う。リスペクトしかない。というわけで、どちらも「公式」だ。
というか、ぶっちゃけ「公式」も何もない。
どんなものを想像されるかは読者の自由だし、140字小説は短いからこそ、その自由さが顕著に表れる。それを楽しんでもらえればと思っている。
というわけで、僕による僕の140字小説から生まれる短編小説を書いていく。どうぞお楽しみください。
あ、一応登場人物紹介だけしときます。
秋音【あきね・あきちゃん】 私。語り部さん。結局皆のこと好きだよね。
結羽【ゆう】 かわいくて大人しい…けど?
流歌【るか】 悪戯大好き。ボーイッシュ。
直哉【なおや・なおくん】 そこそこモテる。気遣い上手。
大毅【だいき・だいちゃん】 正直者。デリカシーがない。
本物の『嘘』を語る夜
今日は久々のお泊りだ。
色とりどりの五人分のスーツケースが横に並んでいるのがなんだか面白い。
高校卒業してもう二年。世界的に大規模な感染症の問題があったこともあって、私達は一度もこうして会う事が出来なかった。押しかけるように訪れた結羽の家の和室を一部屋借りて、私達は布団を並べて敷いた。
各自、好き好きな寝間着に着替えて、とはいえ、男子もいるし、露出はそこそこ控えめに。
皆揃って素直に寝る、なんてそんな選択肢、二年ぶりにあった私達にあるわけもない。もちろんない。だって、せっかく二年ぶりに集まって7時間近い時間を「睡眠」で使い果たすなんてあまりにも勿体なさすぎる。
「とはいえさあ…」
私は思わず枕を抱えてため息をついた。そう、私達は残念ながら、
「話すことなくね?」
「おい、大毅、思っててもそれは言うな」
直哉が突っ込んだから、まあ、良いとして。
大毅の言うとおり、私達は感染症登場期に大学入学を果たした大学生。授業はオンラインに変わり、対面で人にも会えず、遊びにも行けない。アルバイトも雇用がなく、サークルの新歓という名の飲み会もない。
つまり、表立った楽しい思い出というものが欠けてしまっているのだ。マジで許さん、感染症。今も悩まされてんのも腹立つわ。はよ、去れ。
と、流歌がにやにやした、これはもう流歌のデフォルトでこういう時、確実に何か面白い(直哉や大毅からすると「ヤバイ」)事を考えている顔をする。と、何か思いついたようにわざとらしく手をぽんと叩いた。
「ここは…、あれだね。『嘘』を語ろう!」
は?という声はいつもの通り大毅だ。
「だいちゃん、その言い方は良くないと思う…」
と、軽く嗜めるのが結羽。大人しそうに見える結羽だけど、注意はちゃんとする。甘くない。
「で、『嘘』ってのは?」
直哉が尋ねる。直哉は気遣いが上手いから、こういう時話を積極的に進めてくれる。正に理想の進行役だ。
「『嘘』だよ、『嘘』。私達はこの二年、あれやこれやの苦労を強いられてきて、語れるほどの素敵な、豪華な思い出がないと来た。じゃあ、思い出を作ってしまえばいいと思ったわけさ。とびっきり壮大な、魅力的な『嘘』の思い出をね!」
流歌が楽しそうに語ってくる。こういう時の流歌はもう生き生きしていて、他人の生気すら吸いそうだ。
「じゃあ、俺達は『嘘』をつけばいいんだな?」
直哉の言葉にうんうんと流歌がうなずいた。
「『嘘』とは言ってもね、本当のような嘘もござれ、これは嘘だろ、と分かる嘘もござれさ。もちろん、嘘と題した『本当』もござれ。嘘だけを話す、なんてそれは全部の話が『嘘』だという『本当』を作ってしまうわけだからね。」
流歌の口調はちょっと変わっている。劇団に所属する彼女らしい芝居がかった口調だ。
「…っていきなり言われてもなあ」
大毅は思いつかないみたいだ。知ってる。私も正直思いつかない。『嘘』を言え、なんて楽しそうだけれど、考えるのは大変だ。
「…じゃあ、はい。」
小さく軽く手を上げて、結羽が微笑んだ。その顔は本当に優しくて癒される。一家に一台結羽がいれば、世界は平和になるのになんて思えたりするくらいには。
「はい、結羽くん!」
マイクを持つような手振りで、司会者役の流歌が結羽を指さした。
「私、彼氏が出来ました。同じ大学で学部も一緒の同級生」
結羽はかわいい顔でさらっと嘘をつく。いや、嘘じゃない可能性もあるんだけど。結羽はそれはそれはかわいいし、彼氏が出来てもおかしくなんかないんだけど。
「え、ホントに?」
思わず聞いてしまった。結羽の唇がふふっと笑う。
「内緒!はい、次、秋音ちゃんね!」
内緒の上に、私の番になってしまった。え、待って、考えてないよ。
「……新歓の飲み会で同期があんまりにも後輩に酒を勧めるから、許せなくなって飲み比べして潰した」
いいねえ、と流歌。結羽も軽く笑っている。対して、大毅と直哉はぎょっとした顔だ。
「とっさの嘘で出てくるのがそれってお前治安悪すぎだろ」
大毅がさすがに突っ込んだ。いや、まあ、飲み会の話は盛ったけど、同期の酒癖が悪いのはホントなんだよね。
「いや、まあ、いいじゃん?ほら、飲めや歌えや、無礼講ってやつだよ。ってことで、次は大毅ね。」
俺かよ!?と半分キレられつつ、笑い返して嘘を待つ。
「…かわいい、彼女が出来ました」
にししと流歌が笑う。
「「嘘だ!」」
私と結羽が息を揃えて言う。皆が大笑いした。
「嘘ってことはないだろ!!ひどいんだよ!!」
「まあ、大毅は率直な物言いをするからねえ。余程のお人じゃないと一緒にはなれないさ」
チェシャ猫か、というくらい、にやにやした顔が似合う。流歌があまりにも楽しそうでつられてしまうし、言っている内容にも納得だ。
「ああ、もう!!嘘なんて苦手なんだよ!!次、流歌!!」
突然振られたというのに、流歌は平然とを通り過ぎて、ふふんと鼻を鳴らした。随分自信たっぷりだ。
「学祭のミスコンに勝手にエントリーされて、宣伝活動もせずにいたら、勝手に辞退したことになってた」
「・・・・・・」
しばしの沈黙。
「……ホントくせぇ~~~~!!」
「流歌ならありかねない…」
「流歌ちゃんかわいいもんね」
「だろう?私の『嘘』はここでお終い。さ、最後は直哉だ」
順当な順番で回ってきた直哉が片手を軽く上げて応じる。
「…じゃあ、とびっきりの嘘を。…大毅と流歌は付き合ってます」
おい!と大毅。結羽と私が大毅と流歌を振り返る。流歌は案の定デフォルトのチェシャ猫顔だ。
「え、ほんとなの…?」
結羽の問いかけに流歌が「いかにも」と頷いた。なんでそんなに自信満々なの、おかしいでしょ。
「え、じゃあ、さっき言ってたかわいい彼女って…」
「流歌ちゃんのこと…!?」
大毅の耳が真っ赤になっている。これは本当だ。
「ええ!?」
「そんなのあり~~~?」
私と結羽のブーイングに直哉が軽く吹き出した。大毅がそんな直哉を軽く小突く。
「さてさて、私達が付き合っていることが暴露されたわけだけど、『嘘』はまだ終わらないよ。次の嘘は秋音の番だ」
とびきりの嘘をつこう、と話しあった夜。ありもしない思い出をでっち上げ、笑い溢れる馬鹿話が積み重ねられていく。皆の嘘は楽しくて、ひどく愛おしい。
嘘つきは泥棒の始まり、なんて言うけれど。
確かに私達は嘘つきで、本当の生活はこんなに華やかでも、素敵でもないけれど。
例え、『嘘』でも、それらは私達の。
大切で愛する人と共にある、『本物』の物語だ。
後書き
ここまで読んでくださってありがとうございました。
あなたに祝福あれ。