「美味しんぼ」再読備忘録2024「醤油の神秘」‐第三巻「炭火の魔力」第5話‐
東西新聞文化部のお昼休み、谷村部長が文化部の女子を昼飯に誘う。しかし、文化部の元気娘で食欲旺盛な花村さんが乗ってこない。しかも持参したおせんべいでお昼を済ますという。
心配した田端さんが相談にのると、花村さんがこの前の休みに友人とスキー旅行に行った時のことを話しだした。スキー旅行といえば、我々の世代であるとこの映画が思い浮かぶ。
「1980年代のスキーブームはこの映画から始まった」ともいわれる「私をスキーに連れてって」の公開は1987年。この回とちょうど同時期であろう。トレンディー性を特徴とする本作品はタイトルの通り「彼女ができたらとりあえずスキーに誘う」や「ゲレンデで彼女を見つける」といった風潮を作り、ゲレンデでおしゃれをするといったことも生み出した。トレンディドラマブームはこの直後となる。(Wikipediaより)
俺様もこの当時、大阪のぼんくら大学生で、しかも大阪といえばチラチラと雪が降った程度で夜のニュースのトップを飾るような、そんな土地柄であったのだが、そんな大阪でさえ、冬のスキー旅行は、恐ろしいほど流行っていた。スキー場へ向かうバス乗り場には長距離バスが何台も並んで、乗客でごった返していたのを覚えている。
しかし俺様は極度の運動音痴。高校の修学旅行は栃木日光へのスキー旅行だったが、全く滑れるようにならなかったのだった。クッソクッソ。大学時代のスキー旅行も友人らは出かけていたが、俺様は拒否しつづけたのであった。この頃からモテとは一線を引いていたのである。閑話休題。
花村さんはスキーの帰り道に車が雪道に突っ込み、立ち往生して困っていたところを助けてくれた男性に一目惚れしたというのだ。しかもその男性が別れ際にくれたおせんべいを大切にすこしづつ、その白馬の王子様を思い出しつつ食べているのだという。
花村さんにすすめられそのおせんべいを食べてみるとこれが驚くほど美味しい。皆も大絶賛している。結構時間経ってると思うが、冬なので流石に湿気ないのであろうか?。
白馬の王子様が乗っていた車のナンバーから「品川」までしかわからないが、その唯一の手がかりをもとに文化部の女子一同がこのおせんべい屋さんを探し始めた。しかし見つからないのであった。
おせんべい屋さんを探すのに醤油の取材?と半信半疑ながら、「溺れる者は藁をも掴む」のたとえではないが、山岡についていく花村さんと栗田さん。千葉県の「樽吉醤油」にやってきた。そして伝統的な醤油の製造方法を取材した。千葉は関東では醤油の名産地なんですよね?。
「美味しんぼ」の連載当初は実在の店などはそのままの登場させていたが、この少し前から名前を変えて登場させているようだ。「美味しんぼ」が人気になって色々あったのかもしれない。
終わって今度は大メーカーの醤油工場へ向かう。先程の「樽吉醤油」は完成まで最低二年半かかると言っていたが、完全にオートメーション化されたここでは二ヶ月で出荷されると聞き、驚く栗田さん。
そして伝統的な手法で作られ、人の手で毎日かき回して二年半かかる「樽吉醤油」の製造方法と、先進的で機械でコントロールする大メーカーの「大益醤油」(このネーミング!)と味を比較してみようとなった。
文化部一同が銀座の「岡星」さんに集まっている。いつの間にか「岡星」さんに場を貸してもらえるほどに仲良くなっていたのか!。そして比べてみると全員一致で「樽吉醤油」のほうが圧倒的に美味しい、との判定となる。
そして山岡から、いかに大メーカーの醤油が材料をケチり、その味の貧弱さをごまかすために添加物を加え、儲け重視で、その利益をもってして、TVのCMなどで大々的に宣伝して、消費者の目を眩ませていると説明が入る。
さらに「樽吉醤油」のように本物の材料を使い、伝統的な製法を守る良心的な醤油の製造元は日本でも数えるほどしかない、そしてその製造元の一軒一軒に電話をかけて確認したら、そのような本物の醤油を使っているおせんべい屋さんが見つかったと山岡は言う。
そして東京浅草の「三谷屋」さんがそれではないか?と結論が出た。早速行ってみるとまさしくそこで作られ、売られているのはあのおせんべいで間違いないって本物の醤油を使っているおせんべい屋さんって東京にここしかないってこと?。
果たして、その「三谷屋」の若旦那こそ、花村さんが一目惚れした白馬の王子様その人であった。しかも、若旦那の三谷さんも花村さんに一目惚れしていたらしい。ワーオ!。
「美味しんぼ」の登場人物、特に山岡の友人、知人らはこうやって順に食べ物に関連したエピソードに絡ませながら、次々と山岡が恋のキューピッドとなっていくのであるが、その嚆矢とも言える今回のお話であった。
そしてこのあたりから「美味しんぼ」の大メーカー攻撃が激しくなっていくのである。醤油、味噌、日本酒、かまぼこ、味の素、などが次々と槍玉に上がり、その俎上に載せられバッサバッサと切り捨てられるのであった。そのあたり、正直、行き過ぎも大いにあるのだが、貢献度も非常に大きいのが悩ましいところである。
現代では、大メーカーであろうとも品質重視、味重視のものづくりになっているのは、一般庶民というか中産階級に経済的な余裕が出て、食への関心が高まり、食への投資を惜しまなくなったこと、彼らの舌も肥えてきたことも大きな理由であろう。
個人的には伊丹十三監督の「スーパーの女」のエピソードも記憶に残っている。昔のスーパーマーケットの精肉売り場は、変色した肉を赤い蛍光灯でごまかす、脂身の分厚いステーキ肉や、肩ロース肉をばら肉で底上げする、パックの見えない部分が脂身ばかり、古くなった肉をミンチ肉にして売る、などが横行していた。鮮魚売り場も同様だったらしい。
劇中、常連客らが「あんたんとこのスーパーのミンチ肉が二日経っても色変わらないのはおかしい。保存料とか変色防止剤とか使いまくってるんじゃないの?」とクレームを入れると、柳沢慎吾演じる精肉部の店員が「よそのスーパーは古い肉をミンチにするからすぐ色が変わるが、ウチは新しいのをミンチにしているから一日や二日くらいじゃ色が変わらない」と胸を張り、クレーム客を納得させる場面があった。
実際、スーパーマーケットで閉店間際に買い物に行くと、ミンチ肉やカットされたカレー・シチュー用の肉などはすでにドス黒く変色しているものが並んでいるなど当時では割と普通であった。「スーパーの女」の大ヒット後、赤い蛍光灯であったり、ミンチに売れ残りの肉を使うなどが、減ったように思う。余談だが、このクレームをつける常連の主婦を演じるのが田嶋陽子や柴田理恵でクスッとなる。
「美味しんぼ」や「料理の鉄人」に起因するグルメブームが起こり、2000年の雪印集団食中毒事件、牛肉の産地偽装などの騒動で、消費者も食の安全に気を配るようになり、ニュースなどで大々的に取り上げられ、食品メーカーなども自ら襟を正していくようになっていくのである。「美味しんぼ」の果たした役割は非常に大きい、大きいんだがなあ…。(つづく)