「美味しんぼ」再読備忘録2024「土鍋の力」‐第三巻「炭火の魔力」第3話‐
冒頭、「ふく万」という料亭で接待を受けている東西新聞社の大原社主、谷村部長に栗田さんと山岡。一同を招待したのは鶴森運輸の鶴森会長である。なにかの会合で東西新聞社の「究極のメニュー」の話を聞いて、今夜の接待に呼ばれたらしい。
「ふく万」という名前の通り、フグ料理を専門に出す料亭だろうか。下関から空輸したフグのまずフグの刺し身、てっさが古九谷の見事な大皿に並べられて出てくる。
鶴森会長は「この『ふく万』のフグは東京一、この古九谷の皿は国宝に指定されるレベルであり、これも日本一、これ以上のフグ料理はない」と大層自慢する。
次はフグちり鍋が運ばれてくるが、鍋が純金製である。驚く一同。得意顔の鶴森会長曰く「(純金で鍋を作れる財力があれば)純金は熱伝導率が高いから鍋には最適の材料である。酸や塩分におかされないので金属臭がなく、材料の味が損なわれない」といちいち金持ち自慢が聞こえてくるようだ。
栗田さんが(なんだ、わたしたちを招待したのはこの鍋を自慢したかっただけなのね。典型的な成金根性…)と心のなかで毒を吐く。大原社主と谷村部長も互いに目と目で合図しているが、栗田さんと同じ気持ちなのだろう。
ところが鶴森会長の次の言葉が意外であった。「これ以上のフグ料理はないと喜んでいたのは去年まで。なにか足りない気がしてきた。」としおらしげに告白するではないか。続けて「究極のメニューに取り組んでいるのだからお偉い先生方をたくさん抱えているのだろう。この純金鍋に足りないところを教えてほしい」と言うのである。
意外な展開に驚く大原社主と谷村部長と栗田さん。しかし、自慢するだけあって鍋は文句のつけがたい美味さであったのは確かである。「これ以上のものなどあるはずがない。欲張りすぎですよ」と大原社主がなだめる。「そうかな」と落胆する鶴森会長。
そこでこれまでほとんど発言しなかった山岡が爆弾発言する。「なにか足りない気がしてきたというのは気のせいではない。純金鍋なんか作って喜んでいるただの成金から成長した証拠です」とポツリ。
当然怒り出す鶴森会長。大原社主も流石に山岡をたしなめるが、山岡は例によって「明日またこの席を取って下さい。あなたの疑問を解消してさし上げましょう」と言い、出ていく。慌ててあとをおいかける栗田さん。
山岡には目当てがあるようだ。「もう一軒つきあえるか?」と栗田さんに尋ねる。目当ての店は東京上野すっぽんの「まる市」である。これは実は京都にある「すっぽん 大市」という創業三百四十年のスッポンを土鍋で炊いた鍋、通称まる鍋だけを出す老舗がモデルである。
流石にこの話の流れでは京都に行くことが出来ないので、ワープさせて上野に持ってきたようだ。漫画かよ。漫画です。
そして山岡の解説付きで、多分栗田さんはすっぽん鍋をうまれてはじめて口にしたことであろう。すっぽんってはじめてだとちょっとグロテスクにも感じると思うが、さすがの食いしん坊。抵抗なさそうに口にする。
そして食べてみての感想は、美味しいだけで終わらずに栗田さんの成長を感じさせるのだが…
なんかちょっとあやしい方向に行ってないか。なにか栗田さんのなかで独自の世界が広がりつつあるようだ。そのうちヒラメがシャッキリポンと舌の上で踊るわ!とか言い出しかねんな。
そして例によって山岡の謎の人脈が炸裂し、「まる市」の店主から三十年鍛え上げられた土鍋を借り出すことに成功するのだった。山岡はその鍋で何かを作るつもりらしいが、こんなすすぼけた汚い土鍋を使って鶴森会長のあの純金鍋に優る鍋料理が出来るのだろうか?と栗田さんは心配そうだ。
翌日、また「ふく万」に集まった一同。山岡は雑炊を作るという。自慢の純金鍋と煤まみれのただの土鍋とを比較され、鶴森会長は怒り出したが、ともかくも雑炊を食べてみようとなる。
鍋のあとの雑炊は本当に美味しいが、その中でもフグちりのあとのフグの旨味が充分に出た雑炊は最上に近い雑炊である。それより本当に美味しい雑炊ができるのか、皆は半信半疑である。
山岡が雑炊を作っているが、出汁も取らず、具も入れず、炊いた飯を入れ、醤油で軽く味を整えたのみ。驚くと云うより怒り出す一同。当然である。しかし、その何も入れていないはずの鍋から良い香りがしてくる。
食べてみて驚愕する一同。それはとびきり極上のすっぽんの雑炊だったからである。その味に舌鼓を打つ一同に山岡が解説する。「三十年使い続けた土鍋には味が染み込んでる。だから水と醤油だけでこれだけの味になった」と。
純金は何にも影響されず材料の味が損なわれないが、ただそれだけなんだ、この土鍋のように心が通い合っていない、と山岡。感心する一同。鶴森会長も得心がいったようだ。メデタシメデタシ。
いやちょっとまて!すっぽん鍋「まる鍋」というのはこのようなものである。
見た目にも味がついていることがわかるでしょう。対してフグの鍋、てっちり鍋はこんな感じである。
そう。鍋に味はついていない。せいぜい昆布で出汁を取るくらいか、いや後の鍋対決で海原雄山はこう言っている。
となると、熱伝導率が高く、何にも影響されず、材料の味が損なわれない純金鍋の方が、てっちり鍋には合う道具なんじゃないかな?。そう思いませんか?皆の衆?。この回の山岡の解決にはどうにもこうにも釈然としないのである…。(つづく)