「美味しんぼ」再読備忘録2024「酒の効用」‐第四巻「食卓の広がり」第4話‐
東西新聞社の取締役編集局長で、以後も重要人物となる小泉氏の初登場回です。小泉局長は登場していきなり成果の上がっていない「究極のメニュー」について、大原社主に噛みついている。
まあ実際、東西新聞社の創立百周年記念事業の目玉として始まったはずが、完成はいつになるかわからない、経費はうなぎのぼりでは、会社としてだれか歯止めをかける人が出て当然であろう。
そして小泉局長みずから、文化部の谷村部長には中間報告書を提出させ、担当者である栗田さんと山岡に事情聴取すると呼び出しされた。
小泉局長は五十三歳と紹介されており、「入社以来二十年近くアメリカとヨーロッパに出されていた」と自身の経歴を語っているが、大学を卒業して二十年では四十三歳であり、年齢が合わない。三十三歳で途中入社、転職、ヘッドハンティングされたということだろうか。
さて、直々の事情聴取は「懐石 幸」というなかなか洒落た小料理屋で行われるようだ。小泉局長の行きつけの店だろうか。ワインを預けられるくらいだしな。小泉局長はまずワインを出してくる。
懐石にワインを合わせるという小泉局長に山岡は日本酒をもらいますと反論する。それを聞き、日本酒をけなしはじめる小泉局長。
小泉局長は大学を卒業してすぐパリ支局に配属され、二十年西欧にいたという。あれ?計算が合わないぞ?。アメリカにも行ってたらしいので、西欧に二十年赴任し、そして合間に北米にも十年行かされて、合計で三十年、欧米にいた、ということかな?。
そして、栗田さんと山岡の適性を小泉局長が再試験するというハナシが、何故か、小泉局長の推す「白ワインが和食に合うか」「山岡が小泉局長に日本酒を美味いと言わせることが出来るか?」という勝負になってしまっている。
いつの間に!。山岡のすり替え、論点ずらし作戦大成功である。担当者二人の適性はともかく、経費の使いすぎ、無駄遣いはどうしようもないもんな。山岡してやったり!っていやあの…。
小泉局長が行きつけのレストランで預かってもらっているお気に入りの白ワインを持って来て、山岡は派手にTVCMしている有名酒造メーカーの日本酒、それと純米酒を日本酒専門の量販店で購入し、
さらに行きつけらしい隠れ家的な店でも何本か購入する。そしてニューギンザデパートを借りて、飲み比べとなる。
まず山岡が持ってきた派手にTVCMしている有名酒造メーカーの日本酒である。これは皆が酷評する。続いて山岡が隠れ家的お店で買ってきたきちんと保存された純米酒、そして日本酒専門の量販店で買ってきた適切に保管されていない同じ純米酒などを紹介し、日本酒の置かれている惨憺たる現状を憂いてみせる。最後に山岡がオススメの酒を紹介する。
適切に保管された本物の酒、純米酒の美味さは小泉局長も認めるところとなる。そして今度は小泉局長が自慢の白ワインを紹介する。
小泉局長自慢の白ワインは栗田さんに思わず詩的な表現をさせてしまうほどの美味しさであるが、今回のテーマである「白ワインと和食とが合う」かというと、ウニ、からすみ、クチコ、生牡蠣などと合わせると、口のなかに嫌な味が広がり、ワインとは合わないとの結論になる。
小泉局長が日本酒は甘すぎると評したが、本物の日本酒はこうした海の幸の味を損なうことなく、うまく深めて見せる。そしてフランス料理の定番のエスカルゴと日本酒をも見事にマッチングさせてみせて、不味い日本酒しか体験したことがなく、フランスの素晴らしいワイン文化に劣等感を抱いていた小泉局長の目を覚まさせることになる。
さて、今回の日本酒のハナシであるが、当時の状況は、と云うと、確かにこの当時の自販機などで街中で普通に買うことが出来た、この大関ワンカップなどこの当時まさに小泉局長や板山社長や栗田さんの感想のような質の悪さであった。まさに酔うためだけの酒。冬の寒い時期に燗酒で体を温めるだけの酒という感じだった。
この栗田さんの言う満員電車の酔っぱらいの臭いというのが、まさにこの昔の質の悪い日本酒での酔っぱらいの臭いそのものだったのである。腐った柿みたいな臭いっていうかね。独特の発酵臭とかいうか。
また、オッサンがこのワンカップ片手に顔を赤らげて昼間っからフラフラと歩いているの、大阪のあまり治安の良くない地区に住んでいたので、よく見かけたものである。今では信じられないかもしれないが、電車などでもワンカップ片手に乗り込んでくる酔っぱらいなど普通に居たのである。
ちょうどこの時期に家業の果物屋があった商店街がアーケードと舗装が出来て、リニューアルされ、そして何軒かのお店も代替わりして、一緒に改装をしたのである。ウチの果物屋もキレイに改装したのよね。
その際にこの商店街の唯一の酒屋さんも改装したのだが、実は以前のお店では、角打ちと呼ばれる、酒屋の一角を飲酒スペースとして仕切って立ち飲みさせていたのを、アル中まがいの赤ら顔のオッサンに日中ウロウロされては、新しくリニューアルされた商店街の雰囲気にふさわしくないということで、角打ちスペースが商店街の反対でなくなったことがあった。そういやそこらにあったワンカップやビールの自販機も撤去されてたな。いつの間にか。
大関株式会社とワンカップの名誉のために補足しておくが、現在のワンカップは全然普通に美味しいので、試しに一度飲んでほしい。今回批判されている派手にTVCMしている有名酒造メーカー(作中では大銘加とラベルがある。ヒドイ)の紙パックのお酒なども昔はそれなりの味であったが、現在では、日常の晩酌に十分耐えられる品質であると思う。
小泉局長も特級酒を飲んで幻滅していたようが、この当時は日本酒というのは「特級」「一級」「二級」との区分があったんですよ。消費者が、この区分を見ると、特級が良い酒、二級は安物だろうと普通はそう思うであろう。実際、お歳暮などの贈答品として、お正月などよく金粉入りの特級酒が選ばれていました。
しかし、この区分は、国税庁の酒類審議会で一応は味の審査などもあったんですけど、国税庁のお抱えの審査員により、お上のお眼鏡に叶わない酒は選ばれず「二級」とされていた、などその区分が酒の品質の良し悪しを表すものでなく、ただ単なる酒税の額の大きさで決まっている、など形骸化していたのです。
そして全国の心ある酒蔵はこの区分を逆手に取って、わざと審査を受けずに「二級酒」として良心的に安く売り出したのです。そして、地酒ブームなどもあり、一般消費者も「二級酒」をわかって買う、などの動きがあり、この制度を疑問視する声が徐々に高まり、この区分は、1992年に廃止となったのです。
自分の体験談ですけど、神戸に遊びに行った際に、ちょうど山岡の隠れ家的なような酒屋を発見し、その店構えと雰囲気にピンとくるものがあり、当時の若造の自分には少し敷居が高く、怖かったですが、予算を言って、店主のオススメの日本酒を買うて帰ったのです。自分はその頃はハタチそこそこで、まだお酒を呑んでおらず、素直に店主のオススメにしたがったのでした。
その時、世話になってたお酒好きのおじさんにお土産として持って帰りました。確か「天狗舞」だったと思う。特別限定品で紙に包まれ桐箱に入って一瓶5000円だったと覚えています。
おじさんは非常に嬉しがりながらも、この「天狗舞」ってさっきの商店街の酒屋にもあったぞ?と言い、走っていって買ってきました。そして自分に「お前、酒も飲まんし、子どもやから騙されたん違うか?。見てみい。同じ天狗舞やろ?。商店街の酒屋さんのは一瓶2000円やぞ」と飲み比べを始めました。
商店街のリニューアルされた酒屋さんはこの回に出てきたこの日本酒専門店ではない、すべての酒の種類を置いている普通の酒屋さんですが、明るい店内であるところは共通です。その「天狗舞」も裸で蛍光灯下に普通に置かれていました。
しかし飲み比べた結果、おじさんはその2000円の「天狗舞」を板山社長のように吐き出し、5000円のを味わい、「全然違うわ」と驚いたのでした。
その「本物」の天狗舞は、馥郁たる香り、まじりっけのない純粋な飲み味、スッキリとした後口で、日本酒を全く飲み慣れていない、酒の経験のない自分でも非常に美味しいと感じました。
一方の安い方の「天狗舞」はなにかどんよりとした雑味を感じたものです。相当に奮発して喜んでもらおうとお土産を持って行ったら、騙されたん違うか?と言われ、びっくりしたのですが、結果オーライでホッとしました。
作中で山岡から批判されている三倍増醸や添加物など、この日本酒業界の抱える構造的問題を世に知らしめ、日本酒への関心が高まり、酒造業界の品質向上、酒販店、消費者の意識向上に大きく貢献したという点で、「美味しんぼ」「夏子の酒」などの漫画の果たした役割は大きいと思います。
実際、このあとあの商店街の酒屋さんでも山岡のオススメの酒を普通に買えるようになるのである。しかもちゃんと蛍光灯下で裸で陳列することなく紙に包まれており、その影響力や恐るべしである。そして酒屋さんもより日本酒に詳しい息子さんにこのあと代替わりして、さらに品揃えが充実し、気軽に良い酒が買いやすくなったのである。メデタシメデタシ。(つづく)