「美味しんぼ」再読備忘録2024「幻の魚」‐第二巻「幻の魚」第7話‐
明治からつづく由緒ある料亭「初山」が一年前に全焼し、見事に再建した。その新築披露の宴に東西新聞社の大原社主、谷村部長、栗田さん、山岡が招待されている。
そして同じお披露目に海原雄山も当然呼ばれている。こちらは「初山」主人が自ら車で送迎しているもてなしぶりである。これは当然にして必然として波乱必死である。
会場に向かう東西新聞社一同。谷村部長が「究極のメニュー」の進捗について社の創立百周年の記念事業として始めたのだが、年内に成果を発表するのは難しいようだ、と大原社主に報告している。
いやまあ前回で「マッシュルームのスープ」は究極のメニューに加える価値があると決まった?くらいで、究極のメニューがコース料理としたらまだスープしか決まってへん。「東坡肉(トンポーロー)」は田端さんと花村さんが加えたらどうなん?って言うてただけやし、決定ではないやろし。
「究極のメニュー」と謳う以上、本物の材料探しから始めないと、と以前にお墨付きを与えてしまった以上、「いい加減なものを発表するわけにいかない。二、三年かかっても良いから納得のいくものを」と大原社主もそう言いつつも困り顔である。まあ実際にはそれ以上の年月を費やしたわけだが…。
それを見て谷村部長が山岡の顔色をうかがうが、当の山岡は「社の事業としてやってるつもりもありません」とキッパリ。経費滅茶苦茶使うてるやんけ!。どういうことやねん!。オイッ!!。谷村部長も「やれやれ」で済ませて良いのか?。
先に着座した東西新聞社一同。遅れて海原雄山がやってくる。東西新聞社一同の姿を見るなり、雄山は店主に「亭主、今日の客の人選は何だ!!。食べ物の味も分からん豚や猿とこの私を同席させるのか!!」と先制攻撃をブチかます。
「ヒロシとは俺のことかと菊池寛」ならぬ猿や豚とは俺のことかと大原社主。怒りでワナワナと拳を握りしめる山岡。いや、見事な先制攻撃だった。さすが海原雄山である。しかし、客として招かれておいて、店主が招いた他の招待客にいきなり罵声を浴びせるとか、それ礼儀として、人としてどうなん?。
兎にも角にも宴が始まり料理が運ばれてくる。さすがに気合が入っており、その料理は目にも美しく食べてもさすが「初山」と納得の味である。お造りのマグロの美味しさを褒める栗田さん。そしてその器に目がいく谷村部長。大原社主もその器の素晴らしさに感嘆する。
山岡がこの皿は海原雄山の作だと説明する。驚く一同。「あの冷酷無比な男がこのように芳醇な作品を作る…芸術の魔性というやつだ…」と山岡は続ける。
最近、SNSでアーティストやクリエイターなどのナマの発言を目にする機会が増えた。それを見てると昔好きだったあの人、実はこんなこと言っちゃう人だったのね…となることが多々ある。
美しい歌を作曲する、作詞する、天使のような歌声、そして美しい絵を描くなどの素晴らしい才能とその本人の人柄や品性とは何も関係もないのだ…ということ、当時は知り得なかったそのへんのこと、逆に現代の人ならよくわかってる、わかってしまうのかもしれない。
宴のほうはというと、美味しいお造りを食べている最中に「どの魚のお造りが一番美味いのか」との話題で盛り上がる。その美食に対する業みたいな会話の中で、以前も紹介したが、海原雄山がいくつか候補を挙げる。
その話を引き継いで、店主が招待客を酌して回り、山岡に対して、ふと「若い人はいかがですか、どんなお造りがお好きですか」と問うてしまう。その何気ない会話から今回の騒動が勃発するのだが、店主は山岡が海原雄山の息子と知らず、さっきの海原雄山の先制攻撃もあったのに、ついうっかり地雷を踏んでしまったようだ。
山岡が「今まで喰った中では鯖が一番うまかった」との一種の爆弾発言に海原雄山が噛みつく。「しめ鯖ならわかるが、それでも自分が挙げた最上のお造りとは比べ物にならん!だいいち鯖を生で食ったら食あたりするわ!」と一蹴する。雄山に同調する他の招待客。
しかし、山岡も海原雄山に対して引く男ではない。当然、「その鯖を食わせてやる!」となる。「おお!持って来られるものなら持ってきてみろ!味を見てやる!」と受けて立つ海原雄山。「流石に鯖が最上の鯛やシマアジに敵うものか」と騒然となる大原社主と谷村部長。心配そうな栗田さん。
鯖を生で食うのは福岡あたりではしごく普通のことであり、海原雄山ともあろうものが知らなかったわけではあるまいと思っていたら、実はこの当時、福岡でも鯖の生食はそこまで一般的ではなかったらしい。
興味があったら上記の記事をごらんください。
そういや関サバ、関アジがブランドになって全国的に認知されたのは1990年代であり、もうちょっと後のことだそうだ。では誰も知らなかったのも無理はないのか。
さて、場面変わって、神奈川県葉山のとある寿司屋に山岡と栗田さんが訪れて、例の幻の鯖を手に入れようと店主にお願いしている場面である。しかし、店主の返事は「それは難しい…」「普通の鯖二百匹かかったら一匹くらい穫れるんだけど、今年は全然で…」とのことである。
「幻の鯖になってしまったのか…」と意気消沈する山岡に声を掛ける隣の客。葉山でも指折りの釣り師である四方さんが「じゃ自分で船出して釣ってみたら?」と提案する。四方さんって珍しい苗字だし、実際のモデルになった方が居そうですね。
そして…
と、さすがの魚紳こと栗田さんの大活躍もあり無事幻の鯖を手に入れることが出来た。皆の前で披露することになり、その味には一同大絶賛の嵐となる。この美味さは流石に山岡が生涯で一番と豪語するだけのことはあり、雄山も悔しいが認めざるを得ない。
雄山は悔し紛れに皿に文句をつけて去って行ったが、いちゃもんをつけるとすればアニキサスを持ってくればよかったのではないか?と思う。
実際、長崎県から石川県の日本海側のサバは内臓に寄生したアニキサスが肉の部分に移行することが0.1%と非常に少ないのでまあ大丈夫なのだが、高知県から青森県までの太平洋側のサバは肉の部分に移行する確率が11%もあり、危険らしい。(上記リンクの記事を参照のこと)
第三十巻の「鮭勝負!!」で山岡に対して非難したように、ここもアニキサスの可能性について非難すればよかったのではないか?と。でもこの幻の鯖やから大丈夫なんでしょうか?アニキサスは居ないんでしょうか?実はここちょっとモヤモヤしてるんですよ。どうなんでしょうね…。(つづく)