「美味しんぼ」再読備忘録2024「思い出のメニュー」‐第二巻「幻の魚」第6話‐
西ドイツの豪華船「ライン」が横浜に寄港し船会社主催の午餐会が行われ、栗田さんと山岡も招待された。西ドイツって?なに?とかそろそろ注釈な必要な時代だろうか?
それはさておき当時あまり馴染みのないドイツ料理は栗田さんの口にあったようだ。「ドイツ料理って思ったより繊細なのね」「フランス料理のようにバターや生クリームを使ったソースをかけるのと違ってくどすぎることがないわ」となんか褒めてんだかフランス料理をけなしてんだかよくわからない評価ではある。
山岡も「材料の持つ本来の味が素直に出てて、日本人には好感の持てる味だ」と同意する。そしてメイン料理らしき「燻製肉とザワークラウトの煮込み」が出て、船会社のオーナーからシェフの紹介がある。
出てきたのは日本人の寺杉シェフで、「世界でも指折りの豪華客船のドイツ料理レストランのシェフが日本人なのか!」と招待客一同を驚かせる。そしてその味に栗田さんと山岡だけでなく、招待客らも大絶賛である。
寺杉シェフは各テーブルを回り挨拶する。栗田さんと山岡のところへ来た時に山岡が声を掛ける。「メインの燻製肉とザワークラウトの煮込みにはフランクフルトソーセージよりレバーソーセージのほうが合うのでは?」と。
寺杉シェフは「レバーソーセージは日本人の口に合わないので」とドイツ料理に馴染みのない招待客に合わせたアレンジだと山岡に耳打ちする。なにかを決心したような寺杉シェフの顔。ムムムッ?。
午餐会が終わり帰る栗田さんと山岡に寺杉シェフが声を掛ける。昼も食べたのに申し訳ないが、また夜もドイツ料理店で食べてほしい、とドイツ料理の味がわかる山岡を見込んで頼んできたのだった。困惑する二人に寺杉シェフは身の上話を始める。
寺杉シェフはその横浜にあるドイツ料理店「ハンザ」で若い頃修行していたのであった。ドイツ人オーナーシェフのミュラー氏に才能を認められ、厳しく仕込まれた。
その奥さん、娘さんのサビーネさんには家族同様に接してもらったのであろう。そしてサビーネさんと恋仲となって、それがミュラー氏夫妻にも料理の腕とともに認められ、サビーネと結婚し店を譲ってもらえるという厚遇を得たのだった。
しかし好事魔多し、昔の不良仲間に見つかり、この厚遇を嫉妬されて、金を強請られてしまった。そして挙げ句にその不良仲間をはずみから殺してしまったのだった。そして刑務所に入って、ミュラー一家とは縁を切ったのだった。
その後、十年服役して出所してドイツに渡って料理修行し豪華客船「ライン」のシェフに登り詰めて日本に帰ってきたが、気になるのは恩人のミュラー一家のこと、そこで山岡に探ってきてほしいというのが寺杉シェフの頼みだった。
そうと聞いてはおせっかいを焼くしかないのが山岡という男。夜にそのドイツ料理店「ハンザ」を訪れる。料理を食べ、翌日、寺杉シェフに報告に行く。ミュラー夫妻は亡くなっており、一人娘のサビーネさんが店を支えていた。しかしその味は悪くないが、幸薄そうなサビーネさんの雰囲気そのままに活気がなく店は寂れている。
サビーネさんは三十三歳で独身のようだ。ずっと寺杉シェフを待ってるんじゃないの?と栗田さん。さすが女子は恋バナが大好きだな。
寺杉シェフは「ハンザ」のメニューを写し書きしてほしいと頼んでいた。そのメモを渡す栗田さん。そのメモを見て落胆する杉岡シェフ。サビーネさんの大好物であった「マッシュルームのスープ」「ジャガイモのパンケーキ」がメニューにないことから、今も自分を許していないようだと落ち込んでいる。二人の幸せな頃の思い出のメニューなのかもしれないね。
刑務所に入る前に全てのメニューの作り方を書き記したノートを置いてきたという寺杉シェフ。自分用にもそのレシピを書き記した分厚いノートを取り出す。「ちょっとこのノートを借りますよ」と出ていく山岡。
そしてまた場面変わって「ハンザ」に来ている栗田さんと山岡。こんどはドイツ料理店の特集とサビーネさんに説明している。ま、しかしただの取材ではあるまい。
と思ったら山岡がコンロを借りると寸胴鍋を持ってきて火にかけた。取材のため料理の説明をするサビーネさん。その横でなにかを作り出す山岡。そして店の前には寺杉シェフが立っている。長い逡巡の挙げ句、ドアを開ける。
二十四歳で事件を起こし、十年服役して、四年ドイツに渡り、戻ってきた計算であるから十四、五年ぶりの再会になるのか。
しかしこの二人、ちょっと高倉健と倍賞千恵子の映画の登場人物のような感じしない?もちろん監督山田洋次。この幸薄そうなサビーネさんがなんか倍賞千恵子に重なるし、寺杉シェフの設定やキャラが高倉健が演じそうな感じだし。
驚き固まる二人に山岡が声を掛ける。「料理が出来た。味わってくれ」と山岡が家で作ってきたという二人の思い出のメニュー「マッシュルームのスープ」と「ジャガイモのパンケーキ」をサーブする。
ひとくち食べて逃げ出すサビーネさん。しかし逃げたのではなく調理場に向かい一心不乱に調理を始める。「マッシュルームのスープ」と「ジャガイモのパンケーキ」を作るのにかかる調理時間がどれほどかかるかわからないが、現実だったらこの間、持て余すよな。特に取材に駆り出されたカメラマンと助手の人、困ったやろな。
兎にも角にもサビーネさんが「マッシュルームのスープ」と「ジャガイモのパンケーキ」を作って持ってきた。そして山岡のと食べ比べて欲しいという。寺杉シェフは味見して「私が作るのと同じ味だ。悪いがこれに比べると山岡さんのはずっと落ちる」という。例の有名な京極万太郎さんの鮎やないけど結構辛辣やな。
それを聞いて「寺杉シェフと同じ味を出せるのは世界に私しかいません。この二品は私にとって、そして二人にとって思い出のメニューだから、寺杉シェフが帰ってきたら復活させようとメニューから外した」とサビーネさんが本音を漏らす。
それを聞き喜ぶ寺杉シェフ。そして一瞬にして心の距離が縮まる二人の様子に、栗田さんやカメラマン助手をうながして店をあとにし、二人きりにしてやる山岡。カッコイイ!。そして二人の和解させるためにわざとまずく作ったとタネ明かしする。
この究極のメニューに取り入れても良いと山岡が認定した一番最初のメニューが実はこの回の寺杉シェフとサビーネさんの思い出のメニューである「マッシュルームのスープ」なのである。本当はすごい料理のハズなんやけど、そんなこともう誰も覚えていない、この後一回も登場していない。ちょっと淋しい回なのである。(つづく)