「美味しんぼ」再読備忘録2024「野菜の鮮度」-第一巻「豆腐と水」第8話-


さて、この回は常連キャラクターのひとりである、流通業界の風雲児ニューギンザデパートの板山社長の初登場回である。

前回ですっかり「究極のメニュー」作りにやる気を出した山岡が、ニューギンザデパートのマスコミへのお披露目会に来ている。会社の威信をかけて食品部門を充実させている、とのウワサを聞きつけ、「究極のメニュー」作りの参考になるかもしれない、行ってみよう、と栗田さんに提案したらしい。

やる気になった山岡に大喜びの栗田さんが可愛い。しかし栗田さんにはこの「こち亀」の有名な「不良更生論」を教えてあげたい。

これは本当に正論である

山岡がやる気を出したからといって甘やかすのは良くないですよ、と。その通りにこのあととんでもないことになるのである。

マスコミを多数招待してのお披露目会。裸一貫から成り上がって銀座の一等地にデパートを進出させるまでになった板山社長は得意満面だ、と山岡は栗田さんに解説する。

まず案内されたのが目玉である生鮮食品売り場。自身の栄商流通グループを使って、総力を上げて日本全国からありとあらゆる生鮮食品を集めたと板山社長自らマスコミ連中に説明している。

その言葉を受けて野菜売り場のトマトを手に取り、その香りを嗅いでみる山岡。しかし、納得出来ないのか、トマトをポイッと投げ捨てる。その様子に板山社長も気がついたようだ。

続いて大根を手にする山岡。いきなり大根を真っ二つにして、立ちのぼる香りをかぎ、割った断面を舐めてみる。そして「見てくれだけか」と言い放ち、大根を売り場に投げ捨てる。いや、今舐めたよね?その大根?どうすんの?。山岡?。

お披露目会に招待された関係者にあるまじきその行為は他のマスコミも注目しているし、当然板山社長も困惑しつつ注視している。周りの様子を見て慌てる栗田さん。ほらほら。

栄商流通グループ、ニューギンザデパートは新鮮な食品売り場が目玉であるが、もうひとつ、超有名店ばかりを集めた「グルメストリート」と名付けた十階のレストラン街もまた板山社長の自慢するところである。

ひとつだけが出店していたとしても話題となるであろう、各ジャンルの誰でも知ってるほどの有名店ばかりであり、「お好きな店に入っていただいてなんでも召し上がってください」と大盤振る舞いの板山社長の言葉に大喜びのマスコミ連中。

先ほどからお披露目会に招待されたとも思えない無礼な態度を取っている山岡もこれには大絶賛するしかないあろうとチラリと様子を伺う板山社長。しかし我らが山岡はブレない男である。知ってた。

各店のメニューを確認し、「他のマスコミ連中はいざ知らず、(究極のメニューの参考になるかと取材に来た)俺達が取材する価値はない。帰ろう」と栗田さんを促して回れ右して帰ろうとする。

これには流石に板山社長も「生鮮食品売り場では、トマトやダイコンをこれみよがしに放り投げ」、あまつさえ「このグルメストリートは取材する価値がない」などと捨て台詞を吐いて帰ろうとするし、「さっきから見てれば君らはこのニューギンザデパートのお披露目にケチつけに来たのか!」とブチ切れる。当然である。

しかし、「グルメストリートの各店舗のメニューの値段を見たら本店と同じ値段である。このニューギンザデパートに出店するにあたり出店料を徴収しているはずだ。」と反論する山岡。有名店の価格を事前にチェックしている山岡。実は仕事熱心なのか?。

「銀座の一等地に出店させてやるのだから当然だろう。」と板山社長。

「出店料に加え、売上の何%かをニューギンザデパートに収め、この出店にかかる設備投資、人件費などの経費を捻出するとなると、提供する料理の価格が同じということは材料費を削るしかない。つまり味が落ちるのは当然」と反論を重ねる山岡。

グッ、と痛いところを突かれた板山社長。さらに…

「生鮮食品もさっき試したトマトとダイコンからすると新鮮とは程遠い状態である。少なくとも収穫から一週間は経過している」と山岡。

「我が栄商流通グループが総力を上げて収穫したそのままを持って来て売り場に並べている。私もこの野菜などを食べているが、新鮮そのものじゃないか」と反論する板山社長。

「あんな野菜を並べて自慢しているようではタカがしれている」と吐き捨ててる山岡。しかも立ち去る時に問われて身分を明かしてしまった。その一部始終を見守り「やらかしたなあ。東西新聞さん」と噂し合うマスコミ連中。

散々コケにされ、お披露目会を台無しにされた板山社長は、年間百億円も出していた東西新聞社への広告費をストップし、さらに百貨店協会や広告代理店にも東西新聞社へ圧力をかけることを働きかけているようだ。広告収入が頼りの新聞社としては存亡の危機である。

当然、山岡の責任問題となるが、自分をクビにして、板山社長に謝罪などしたところで、受け入れてくれるわけもないでしょうと、出ていく山岡。いや、そんな怒らせたん君やがな。谷村部長の指示で後を追う栗田さん。

その山岡が向かった先は栄商流通グループの本社前である。山岡は板山社長が外出してくるのを待っていた。側近に山岡が来ていると言われ、「お前のせいで東西新聞社は大きな痛手をこうむった。この俺を怒らせるとどうなるか思い知ったか」と葉巻をふかし傲慢に言い放つ板山社長。

それに対して「アンタが金も力もない一匹狼だったとき、このような強大な権力を振り回して得意になってるのを見たことがあるでしょう。その時アンタはどんな気持ちでしたか」と切り返す山岡。

これには板山社長は「若僧。何が言いたいんだ。言ってみろ」と反応する。この時点で山岡の挑発に乗ってしまったともいえるし、乗らされてしまったとも言える。

続いて山岡からの突拍子もない提案として「今から野菜の活け造りをごちそうする」と言う。涙を流して土下座し許しを請いに来るのが関の山と思っていた名もなくなんの権力も持たぬただの若僧からのこの常識外の提案にすっかりペースを握られた板山社長は驚くほど素直に山岡についていく。

そして畑に案内され、なっている枝から目の前でもいだ本当に完熟したトマトと畑から引き抜いた土のついたダイコンの活け造りを食べて、その旨さに感動し、見せかけでない本当の新鮮さ、本物の完熟とはどういうものか、を教えられた板山社長はすぐさま反応する。

「大もうけのヒントをつかませてもらった」と本社に戻り、改善のため会議を開くようだ。思わぬ大逆転に顔をほころばす栗田さん。してやったりの山岡。

そしてオープンしたニューギンザデパートは、完熟したトマト、土のついたままのダイコン、などなど、本当に新鮮で完熟した生鮮食品を店頭に並べ、大好評の様子である。

さて、板山社長は、東西新聞社に圧力をかける際に自社のみでなく、百貨店協会や広告代理店にも呼びかけて東西新聞社を締め上げたようだ。

こういう成り上がりのワンマン社長がなにかしようとしても、周りは同調しなかったりすると思う。取引があるであろう広告代理店はともかく、百貨店協会の協会員たちは百貨店のオーナーらであろうし、少なくとも板山社長のライバルでもあるわけだ。もしかしたら成り上がりがいい気味だ、とばかりに静観しそうなもんだがなあ、と感じたのだが、どうだろうか。

板山社長は、第9巻第二話「食べない理由」(例の佛跳牆の話)に出てきた東京のデパートの経営者が集まる親睦会などでもうまく立ち回っているようだ。すくなくとも皆から煙たがれているような様子はない。

そして山岡には忘れかけていた反骨心を思い起こさせられ共感させられたというか、共感する若さというか柔軟性を保っている。若僧と呼びつつも山岡からの突拍子もない提案を、そしてその意見を正しいと判断すると素直に聞き入れている。こうしてみると板山社長はなかなかの度量の持ち主である。

ということで以後、板山社長と山岡は年齢、立場などの垣根を超えた長い付き合いが始まるのである。

しかし、山岡の指摘のグルメストリートの価格についてはどうしたんやろね?。生鮮食品売り場は改善したけど、こっちはそのままやってんやろか?言及されてないけど、どうなんかな?。ねえ?。




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