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ヴィラ=ロボス研究家Iのつぶやきその3 (CD収録作品の紹介)

こんにちは。横浜特派員の市村由布子です。


本日はCD<BLACKSWANブラックスワン ヴィラ=ロボス チェロとピアノのための作品集(チェロ:水谷川優子 ピアノ:黒田亜樹)>に収録されている作品を中心に、
ヴィラ=ロボスについてご紹介していきます。


H.ヴィラ=ロボス(1887~1959)は、南米のみならず、20世紀を代表する作曲家の一人です。ヨーロッパの模倣の時代を過ぎ、ブラジル独自の音楽言語を作り上げるのに大きな役割を果たしました。有名な《ショーロス》、《ブラジル風バッハ》の他に、室内楽、歌曲、交響曲、オペラなど、推定800曲近くもの作品を残しました。彼はパリに約10年間滞在して多くの芸術家と交流し、またブラジルでの音楽教育にも貢献し、晩年には指揮者として国内外を飛び回るようなバイタリティの持ち主でした。彼の音楽はブラジルの大地から生まれたもので、ダイナミックかつ独創的で、まぎれもなく彼は「ブラジルのクラシック音楽界の巨匠」です。

学者でアマチュアの音楽家でもあったヴィラ=ロボスの父は、息子の音楽の才能を早くから見抜き、当時6歳の彼にチェロに教えてクラシック音楽の手ほどきをしました。彼の人生の上でも、作曲をする上でも、チェロは特別な楽器となっていきます。

ヴィラ=ロボスは10歳にもならない頃、ピアニストである叔母が弾くヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の《平均律クラヴィーア曲集》に心を奪われました。ほぼ独学で創作活動を続けた彼は「対位法というものを、バッハとショーロ(即興演奏を楽しむブラジルの大衆音楽)の仲間たちから学んだ」と語り、「バロック音楽とブラジルのポピュラー音楽には共通する部分がある」と信じていたようです。

このように、ヴィラ=ロボスの作品は“チェロ”と“バッハ”抜きには語れないとも言えます。
それでは、収録作品を収録順にご紹介していきます。

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■《黒鳥の歌 O canto do cisne negro》 W122 [1917] 

“o cisne negro”は“黒い白鳥”?それとも“黒鳥<コクチョウ>”?
どちらがいいのか迷うところですが、ここでは通称の《黒鳥の歌》のままにしておきます。「コクチョウの幼鳥の羽毛は白色でくちばしは黒色。成長するにつれ羽毛が黒くなり、くちばしは赤色へと変わっていく」とWikipediaに書かれていました。つまり、羽の色が白から黒へ変身していくのですね。

CDのタイトルとジャケットのイメージキャラクターにもなっている《黒鳥の歌》はチェロとピアノの作品の中でも演奏される機会の多い作品で、サン・サーンスの《白鳥》を思い起こさせる、ヴィラ=ロボス風の《“黒い”白鳥》です。チェロが主旋律を受け持ち、ピアノがアルペッジョで伴奏するというところが共通しています。ピアノはきらきらと光り輝く水面を、チェロは瀕死の黒鳥を描写しているといわれています。ヴィラ=ロボスが作曲した交響詩《クレオニコス号の難破Naufrágio de Kleônicos》[1916]の中から抜粋されたのがこの《黒鳥の歌》で、チェロとピアノ用、ヴァイオリンとピアノ用に編曲されています。

■《さすらい Divagação》 W461 [1946]

チェロとピアノのための作品はそのほとんどが26歳から30歳までの間の若い頃に作曲されていますが、約30年間のブランクを経て、59歳の時に《さすらい》は書かれています。ほとんどの楽器を演奏することができたといわれるヴィラ=ロボスは、楽器の特性を生かしたユニークな作品を書くことを得意としていました。彼は《さすらい》の中でチェロを打楽器に見立てて、チェロの響板を叩くという奏法を用いて独特の雰囲気を作り出しています。“通好み”の晩年の傑作と言えるでしょう。

この作品をお二人のCDで聴いた時、「ピアソラの魂が乗り移ったのか」と思いました。渋くてかっこよくて、このCDの中で私の“一番のお気に入り♪”にランクイン。
黒田亜樹さんの初ソロCDはピアソラの知られざるピアノ独奏曲で、世界初録音…。
水谷川優子さんのお父様、作曲家・水谷川忠俊氏はいち早くアルゼンチンタンゴの編曲を手掛けられた方。そのお二人の演奏ですもの、ピアソラ風に聴こえるのも自然なこと。

♪水谷川優子さんへのリクエスト曲♪:
《アソービオ・ア・ジャートAssobio a jato (ジェット・ホイッスル)》 W493 [1950]
フルートとチェロの傑作です。フルート奏者の黒田由樹さん(亜樹さんの妹さん)と共演されるのはいかがでしょうか(自分勝手な妄想で失礼💦)。

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■《チェロ・ソナタ第2番 Cello Sonata No.2, Op.66》 W103 [1916]
1. Allegro morderato
2. Andante cantabile
3. Scherzo. Allegro scherzando
4. Allegro vivace sostenuto

1915年に書かれた《第1番》は紛失したため、実在する唯一のチェロ・ソナタですが、“ソナタ”というよりも4つの楽章をもつ“組曲”に近い感じです。ヴィラ=ロボスは自分のお気に入りのテーマをアレンジして繰り返し引用することが多く、この作品の第1楽章の冒頭のテーマは、その22年後に誕生した《ブラジル風バッハ第1番》の第1楽章のオープニングテーマとして引用されています。

ヴィラ=ロボスの最初の妻であるルシーリアLucíliaはピアニストだったため、チェロとピアノのための作品を初演する際にはヴィラ=ロボスとよく共演しています。《チェロ・ソナタ第2番》の初演のチェリストはヴィラ=ロボスではありませんが、やはりピアノはルシーリア。非常に高い演奏技術を持ったピアニストだったことが推測されます。4楽章まで弾き終えたら背中に汗ビッショリかいてしまういそう…。亜樹さんが本番を終えたら、感想を伺ってみたい。

■ブラジル風連作 シクロ・ブラジレイロ Ciclo Brasileiroから~ 
第2曲《セレナード歌いの印象 Impressões seresteiras》 W374 [1936]

ヴィラ=ロボスの室内楽ソロ作品の中で、その作品数も多く、名曲ぞろいなのがピアノ曲。“ブラジル風”というその名の通り、民族的な要素を前面に出しているこの連作(全4曲)は、仕事面でも最も充実した時期に書かれ、完成度が高い作品です。“Seresteiro”とは、夜のリオの街の“セレスタ(ブラジル風セレナーデ)”を奏する人”のこと。感傷的なブラジル風ワルツで、2番目の妻、アルミンダに献呈されています。
高度な演奏技術を要するこの作品を黒田亜樹さんがドラマチックに表現してくれます。

♪黒田亜樹さんへのリクエスト曲♪ : 《野生の詩Rudepoema》 W184 [1921-26]
ヴィラ=ロボスの友人でもあり恩人でもあったピアニスト・A.ルービンシュタインに献呈され、1927年に初演されました。ルービンシュタインの巨匠としての肖像画を描き出すことがヴィラ=ロボスの意図するところで、楽譜40ページ以上、演奏時間20分以上の大曲で、ラプソディー風の超難曲。亜樹さんの雰囲気にピッタリだと思っています。

■《小組曲 Pequena Suíte》 W064 [1913] 
1. Romancette
2. Legendária
3. Harmonias Soltas
4. Fugato (all’antica)
5. Melodia
6. Gavotte-Scherzo

6つの短い作品からなる《小組曲》は、ピアニストのルシーリアと結婚したその年に書かれています。他の初期の作品と同様、後期ロマン派の色彩が濃く、まだ彼らしいエキゾチックで民謡的な個性は見られませんが、26歳の若さですでに高い作曲技術を身につけていたことが分かります。ヴィラ=ロボスがチェリストとして活動していた時期に作曲されたもので、リオでの初演はヴィラ=ロボス自身がチェロを演奏しています。将来の作品の前兆ともいえる特徴があちらこちらに見え隠れしています。一度聴いただけでは魅力がわかりにくい部分もあるかもしれませんが、聴けば聴くほどに味わいが増してくる作品です。


 《ブラジル風バッハ》について

このシリーズは1930年から45年までの15年間(43~58歳)に全部で9曲作られました。1923年にパリに移り住み、ヨーロッパ滞在中は連作《ショーロ》のような民族色豊かな作品を多く書いた彼ですが、1930年に帰国してからは全世界に向けて自分にしか書けない音楽を表現しようと試みます。偉大なバッハの普遍的な音楽性への憧れも込められています。《第9番》以外の各曲の楽章全てに“バッハ風”と“ブラジル風”の2つの副題がつけられていることや音楽的内容を考えると、“バッハ風そしてブラジル風の音楽”といったところでしょうか。

■《ブラジル風バッハ第2番Bachianas Brasileiras No.2》から [1930]

“チェロ・オーケストラ”というスタイル(8人または16人)で作曲された《第1番》、ソプラノ独唱を加えた形の《第5番》が有名ですが、それらと肩を並べるぐらい人気の高い作品がこちらの《第2番》。“バッハ風”の要素よりも“ブラジル風”の要素が強い作品です。第3楽章がピアノに編曲されていますが、それ以外の3つの楽章はピアノとチェロに編曲されており、このCDには第2、4楽章の2曲が収録されています。

■ 2楽章 アリア:われらが大地の歌Ária: O canto da nossa terra W250

ニ短調の暗い和音から始まるこの歌は、文法に忠実に訳すと“わがふるさとの歌”ですが、音楽に耳を傾けると“ブラジルの大地から聴こえてくる歌と踊り”という印象を受けます。雰囲気ががらりと変わる中間部について、「ブラジルに伝わる密教の踊り“カンドンブレ”、“マクンバ”の情景を表している」と濱田滋郎氏がご自身の解説に書かれています。

■ 4楽章 トッカータ:田舎の小さな汽車Toccata: O trenzinho do caipira W 254

カイピーラは“都会で暮らす土地を持たない農民(小作人)”という説、“田舎者”という説、“田舎の文化”という説など、いろいろな解釈があります。田舎caipiraを走る小さな汽車が出発して終着駅に停車するまでが見事に音で描写され、最もヴィラ=ロボスらしい作品の一つです。汽車がキキーッと立てる金属音、最初と最後にシューシューという蒸気が出る音などをチェロで、汽車がゴットンゴットンと走り出す様子をピアノで演出。子供の頃、父親に生活音の音程を当てる訓練をさせられたという逸話が残っていますが、その時の技がここに生かされているのかもしれません。

1930年にサンパウロでヴィラ=ロボス自身のチェロで初演されました。残念ながらその演奏は残っていませんが、演奏者が“汽車”を思い描く自由が残されてかえってよかったのかもしれません。その当時の汽車はこのような感じだったのでしょうか。

チェロの水谷川優子さんが模倣した機関車。まさか鉄道オタクではないと思いますが、色々と研究されたのかしら?細かい工夫が凝らされ、圧倒的な臨場感があります。
黒田亜樹さんがピアノで奏でる“田舎者が口ずさむ歌”は明るくてとことん楽しい。

◆オリジナルはオーケストラ版です。聴き比べも楽しいですよ!



⇒ヴィラ=ロボス没後50年記念「ブラジル風バッハ全曲演奏会(2009.8.22)」(東京オペラシティ文化財団主催) の際に来日されたロベルト・ミンチュク氏。《ブラジル風バッハ第2番》と《第7番》を指揮。「ブラジル本国でも《ブラジル風バッハ》全曲演奏会が開かれたことはない。日本でこのような演奏会が開かれたことに驚きを覚えると共に感謝申し上げたい。」と話されていました。

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◆バーンスタインが1960年にこの曲を演奏した動画(約10分)がアップされていました。実際の楽器を使って、わかりやすく解説してくれています(4:00頃から)。この演奏は速すぎて、オンボロ汽車ではなくて特急のようですね。


<第4回>はヴィラ=ロボスの「チェロが含まれる室内楽品、作品番号と作品の数について」、リオ・デ・ジャネイロにある「ヴィラ=ロボス・ミュージアムMuseu Villa-Lobos(略してMVL)」についてご紹介する予定です。それではまた次回。

横浜特派員の市村由布子でした。

水谷川優子&黒田亜樹 BLACK SWAN 〜ヴィラ=ロボスへの讃歌〜
2021.1/29(金)19:00 Hakuju Hall
問:オーパス・ワン03-5577-2072
http://opus-one.jp
※感染状況により変更が生じる可能性があるため、最新情報は上記ウェブサイトでご確認ください。


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