成金趣味について考えてみた
今日は、品位ということを考えてみたいと思います。
私は将棋のことは詳しくないのですが、成金というのは敵陣に入って金将と同等になった駒のことで、特に「歩(ふ)」をさす言葉だと、語源由来辞典(http://gogen-allguide.com/na/narikin.html)に書かれています・
それが転じて、急に金持ちになった意味として「成金」が使われ始めたとあります。
あまりいい意味では使われないことが多いですね。
成金といえば、派手な生活を是としてしまうみたいな・・・。
私の周りにもそうした経営者もいました。
高級外車を乗り回し、高いお酒を金に糸目をつけずに・・・、でも冷静に考えてみたらそれって虚栄心を満たすためのものなのかなぁと思うんですね。
そして、「虚栄心」というのは、やはり心の在り方だと思うんです。
自分に自信がないからそうしたもので飾り立てて力をあるように見せたいだけ。
そんな風に思うんですね。
高級外車を乗り回して、最高級のマンションで美女を侍らせて・・・それでいて「俺ってリア充でしょう」・・・みたいな。
でも、私のように持たないものからすれば、それは、間違いなく虚栄心
負け惜しみで言ってるんだろうと言われればそれまでですが、モノを沢山持つと正直疲れるんです。
費用も掛かります、盗まれるんじゃないかとか、壊れるんじゃないかとか・・・。色々と余計な心配ばかり。
それに、そうした人って見ていると内面的な美しさというのかな、染み出して来るオーラのようなものが無いんです。
どこか、「俺って光ってるだろう」って、自分でスポットライトを当てるような感じにしか見えないんです。
自らが光る恒星ではなく、惑星ですね。
惑わされているんですよ、世間に・・・だから惑世(わくせい)。
でも、本当の昔ながらのお金持ちであったり、心が豊かな人は自らが輝いている、いわば恒星みたいなものなんでしょうね。
もちろん恒星であっても、いつかは寿命が来て爆発するようにお金持ちであっても放蕩三昧であればやがては超新星のように爆発して一瞬の輝きを増して消滅…なんてこともあるかもしれません。
でも、少なくとも成金にならなくとも、恒星になれる要素はみんな持っているはずなんです。
自らを磨けば、自ずと恒星としての輝きを持つはずなのに、手っ取り早く光りたいと思うから成金趣味に走ったりして結局は惑わされてうたかた(泡沫)の夢として終わってしまうんです。
だから私は、恒星になろうと決めました。
皆さんならどちらを選びますか?笑
だって、そんな行為は、終わってみれば、うたかたの夢、うたかた漢字で書くと泡沫らしいです。
まさに、泡と消えるバブルですね。
そこに何が残るかということです。
だから、皆さんも多少遠回りに思っても、成金趣味の惑星ではなく、恒星を目指してほしいなぁと思います。