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"幻のイベリコ豚"に魅せられて──狂気的なこだわりが生んだ、本物の生ハム(後編)
「最高の食材は、その価値に見合う感動がある。でも究極の幸せは、その感動を多くの人と分かち合えること」―。前編で紹介した山田悠平氏の言葉には、深い覚悟と未来への展望が込められていた。スペインの小さな村で一枚の生ハムと出会い、23歳で起業を決意した彼の挑戦は、今、新たな段階を迎えている。
生ハム大国スペインには、知られざる奥深い世界が広がっている。数千年の歴史を持つ伝統的な生産方法、希少な純血統の豚、そして厳格な品質管理。その頂点に君臨するのが、最高級生ハム「ハモン・イベリコ」だ。
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しかし、本物の価値を伝えることは容易ではない。伝統を守りながら革新を追求し、新たな食文化を創造する。山田氏が目指す「食による幸せの創造」の真髄とは何か。後編では、ハモン・イベリコという特別な食材を通じて、彼が見据える未来像に迫る。
前編はこちら
ハモン・イベリコの世界へようこそ―希少性と伝統が織りなす至高の味
夕暮れ時のスペインの片隅で、赤みを帯びた生ハムがナイフの下で輝きを放つ。その一枚一枚には、幾世代にも渡って受け継がれてきた技と、イベリア半島の豊かな風土が刻まれている─。
多くの人々にとって、生ハムは前菜の一つに過ぎないかもしれない。しかし、ハモン・イベリコの世界に足を踏み入れた者は、その奥深さに心を奪われずにはいられない。
山田 年間4,000万本以上の生ハムを生産しているスペイン。人口が4,742万人(2021年)なので、おおよそ1人あたり1本の計算になるんですよ。
その数字は、単なる統計以上の意味を持つ。それは、生ハムがスペインの人々の暮らしにいかに深く根付いているかを物語っている。しかし、すべての生ハムが同じ物語を紡ぐわけではない。その頂点に君臨するハモン・イベリコは、まさに生ハムの芸術品と呼ぶべき存在なのだ。
山田 イベリコ豚というと、日本ではどんぐりを食べて育った豚というイメージですが、ほとんどのイベリコ豚はどんぐり(コルクの実)は食べていません。また、イベリコ豚といわれている豚も90%近くはほかの品種の豚との掛け合わせなんです。
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薄暮の森に響く樫の実の落ちる音。純血統のイベリコ豚たちは、秋の訪れとともにその実りの恩恵に浴する。しかし、その光景を目にすることができるのは、極めて限られた場所でしかない。
山田 ハモン・イベリコ(イベリコ豚の生ハム)は純血統度(100%、75%、50%)と、飼育環境(ベジョータ、セボデカンポ、セボ)の組み合わせで格付けされます。
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その世界は、ワインのそれに似ている。品種、土地、気候、そして人の手による丹念な管理。それらが織りなす複雑な調和の中から、最高の味が生まれる。
山田 最上級とされる100%血統のイベリコ豚(純血統)は全体の約2%しかないんです。さらに、どんぐりを食べて育ったイベリコ豚(ベジョータランク)は全体の20%程度。要するに純血統で、かつ、どんぐりで育ったイベリコ豚というのは0.4%ほどになってしまうのです。
この0.4%という数字は、まさに「希少の極み」と言えるだろう。しかし、単に希少というだけではない。この希少性は、長い歴史と伝統、そして厳格な品質管理の結果なのだ。
イベリコ豚は、約2500年前からイベリア半島で飼育されてきた古代種の末裔だ。その長い歴史の中で、品種改良と厳選された飼育方法が確立されてきた。特に「ベジョータ」ランクの豚は、広大な樫の森で自由に動き回り、秋には樫の実(どんぐり)を食べて育つ。この飼育方法が、他にはない独特の風味と食感を生み出すのだ。
黒いひづめが大地を踏みしめ、樫の木々の間を悠々と歩むイベリコ豚。その姿は、まるで太古からの時間が現代に姿を現したかのようだ。ハモン・イベリコは、そんな悠久の物語を私たちの食卓に届けてくれる、稀有な存在なのである。
最高級ハモン・イベリコの聖地「ギフエロ」 ― 自然と伝統が織りなす奇跡の味
ワインにシャンパーニュがあるように、ハモン・イベリコの世界にもその頂点と呼ばれる産地がある。それが、スペイン中西部に位置するギフエロだ。なぜ、この小さな村が最高級ハモン・イベリコの産地として名を馳せているのか。その秘密に迫ってみよう。
ギフエロの名声を決定づけているのが、D.O.(原産地呼称統制)「ハモン・デ・ギフエロ」という称号だ。スペインに4つ存在するイベリコ豚の生ハムの保護原産地呼称のうち、最古の歴史を誇るこの称号は、厳格な品質基準と伝統的な生産方法を守り続ける者だけに与えられる栄誉なのである。
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山田 "本物の生ハム"を求めて降り立ったのは、スペインのギフエロ。マドリードから車で約4時間。標高1,000メートルを超えるこの地は、100年以上ハモンイベリコの産地として知られているんです。
カスティーリャ・イ・レオン州の古都サラマンカから南へ1時間。その先に広がるギフエロの景観。では、なぜこの地がハモン・イベリコ生産に適しているのだろうか。その答えは、ギフエロ独特の地理的条件と気候にある。
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山田 イベリコ豚の産地で最も標高が高く、海から遠い場所にあるギフエロ村。乾燥した山脈からの風が吹き、寒暖差が激しい環境で育つことで、霜降りの脂を蓄え、上品な甘味とうまみになるんですよ。
この厳しい環境が、他の地域では真似のできない独特の味わいを生み出すのだ。しかし、自然環境だけでは最高級のハモン・イベリコは生まれない。そこには、長年の経験と情熱を持った生産者の存在が不可欠だ。
その代表格が、山田氏がパートナーシップを組む現地の生産者だ。1930年代に設立された同社は、ギフエロの伝統を受け継ぎながらも、常に革新を追求してきた。
同社の特筆すべき点は、その一貫生産システムだ。餌の生産から、豚の飼育、そして最終的な生ハムの製造まで、すべてを自社で管理している。これにより、最高品質の生ハムを安定して生産することが可能になっているのだ。
山田 ここまで徹底して、養豚から加工製造まで一貫している企業はほとんどないんです。ギフエロにある500社ものハモンイベリコの会社の中で、自社放牧場で養豚をしているのは10社ほどしかいないんです。
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新宿区2つ分の広さを誇る彼らの放牧地「デエサ」では、純血統のイベリコ豚たちが悠然と暮らしている。一頭一頭に個体識別番号が振り分けられ、血統や飼育期間、そして薬歴に至るまで、すべてが徹底的に管理されているのだ。
さらに、同社は革新的な取り組みも行っている。
山田 現在は4代目が更なる美味しいハモンイベリコを目指し、希少な純血統種のイベリコ豚だけを17か月以上飼育し(通常のイベリコ豚は12か月)餌作りの農園から自社一貫生産で製造する取り組みを始めました。
その姿勢は、伝統を守りながらも革新を追求する、現代の匠の在り方を体現している。一本一本の樫の木に至るまで計算され尽くした放牧地。そこには、ただ自然に任せるのではなく、最高の味を引き出すための緻密な計算が隠されているのだ。
乾燥した大地に染み込む朝露、澄み切った空気を揺らす風、そして代々受け継がれてきた職人の技。ギフエロという土地が紡ぎ出す物語は、まさに生ハムの至高の一節と言えるだろう。
では、この芸術品とも呼ぶべき生ハムを、日本で味わうことは可能なのだろうか。
本物の生ハムを日本へ ―伝統と革新が織りなす新たな食文化
凝縮された時間が育む極上の味わい。その神秘的な魅力に魅せられ、山田悠平氏は10年に及ぶ挑戦を続けてきた。最高級のハモン・イベリコを日本の食卓に届けるという、一見不可能とも思えるその夢が、今、現実となりつつある。
その集大成とも言えるのが、『BLACK TAG』ブランドの誕生だ。このブランド名には、最高級のハモン・イベリコへの深い敬意と、揺るぎない品質への誓いが込められている。
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山田 『BLACK TAG』というブランドの由来にもなっている“黒タグ”は100%純血統のイベリコ種かつ放牧地でどんぐりを食べて育った、かつ豚のもも肉でハモン・デ・ベジョータ・100%イベリコと呼ばれる一級品の証なんです。
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つまり、『BLACK TAG』とは最高級のハモン・イベリコそのものを指しているのだ。しかし、山田氏の挑戦はここで留まらなかった。2022年、ハモン・イベリコとしては世界で初めてEU有機認証を取得する。
しかし、「この快挙は決して目的ではなく、結果だった。」と山田氏は、その真意を興味深い視点で語る。
山田 有機認証の取得は、ある意味で我々の覚悟の証明なんです。自社で餌を栽培し、豚を育て、最終加工まで一貫して管理する。その過程で、中途半端な妥協は一切許されない。これは単なる認証以上の意味を持つんです。
その言葉通り、有機認証の取得は、生産工程全体の完璧性を追求する強力な原動力となっている。品質管理の徹底は、結果として唯一無二の味わいを生み出すのだ。
山田 有機認証の基準を満たすということは、すべての工程でより繊細な管理が必要になります。例えば、添加物に頼れない分、温度や湿度の管理はより厳密に。餌の配合から豚の健康管理まで、すべてが緻密な計算の上に成り立っている。その真摯な姿勢が、結果として最高の味を引き出すことに繋がるんです。
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有機認証の取得は、思いがけない贈り物をもたらした。伝統と革新という、時に相反するとも思える二つの価値が、最高品質という一点で見事に調和したのである。何世紀もの時を越えて受け継がれてきた製法は、現代の厳格な基準という新たな光に照らされ、さらなる輝きを放ち始めた。
しかし、最高級の生ハムを日本に持ち込むことは、山田氏の挑戦の一つの通過点に過ぎない。真の課題は、日本の地に本物の生ハム文化の種を蒔き、育てることにある。
山田 日本では、生ハムという言葉の下に、様々な商品が混在しています。どこで作られ、どのような豚から生まれ、どんな工程を経て完成したのか。その違いが十分に理解されていない。しかし、一度本物を味わっていただければ、その感動が新しい扉を開くはずです。
その言葉には、本物の味を通じて日本の食文化に新たな彩りを添えたいという、静かな、しかし揺るぎない決意が滲む。試食会やセミナー、レストランやシェフとの協演。それらは、一つ一つが丁寧に紡がれた物語のような取り組みだ。
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ここで自然と一つの問いが浮かぶ。千年の歴史を持つ和食の世界に、スペインが誇る最高級生ハムは、どのように寄り添っていけるのだろうか。それは単なる食材の輸入を超えた、まさに文化の融合という深遠な挑戦である。
山田氏の探求は、美食の追求という枠を優雅に越えていく。それは、食という普遍的な言葉を通じて、異なる文化の間に新たな対話を生み出す壮大な試みなのだ。その先に広がる景色は、いったいどのようなものだろうか。次のセクションで、その展望に思いを馳せてみよう。
生ハムが繋ぐ未来 ―至高の味が紡ぐ新たな食文化
最高の食材は、その価値に見合う感動がある。でも究極の幸せは、その感動を多くの人と分かち合えること―。
最高級のハモン・イベリコを追い求めながらも、その先にある本当の目標は、より多くの人々が日常的に本物の美味しさに出会える世界を作ることなのだ。
しかし、その思いを言葉だけで伝えることはできるのだろうか。山田氏は、穏やかな表情で答える。
山田 言葉で語るより、まずは味わっていただくこと。本物の美味しさは、すべての説明を超えて人の心に届くものなのだと思っています。今日お話しした理論や歴史を語る前に、まずはその感動を共有したい、多くの人に味わってほしいんです。
本物の生ハムと出会った時、人は自然とその背景に興味を持ち始めます。どこで、誰が、どのように作られているのか。その好奇心こそが、理解への第一歩となると思いますね。
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その言葉には、生ハムへの揺るぎない自信と、同時に人々との出会いを大切にする謙虚さが滲んでいる。
和食という繊細な食文化を持つ日本で、スペインの至高の味をどのように受け入れていくのか。その答えを探して、山田氏は様々な試みを続けている。和食の技法を活かした新しい食べ方の提案、日本の食材とのペアリング、そして、より大きな夢として―。
山田 いつか日本でも、この国の風土に合った独自の生ハムを作りたい。それは単なる模倣ではなく、日本の食文化と融合した新しい価値の創造になるはずです。その過程で、より多くの方々と喜びを分かち合えることを願っています。
その言葉には、遠い未来を見据えた静かな決意が感じられた。山田氏の挑戦は、まだ始まったばかり。しかし、その一歩一歩が、確実に日本の食文化に新たな彩りを添えている。
ハモン・イベリコを通じて、人々がより豊かな食生活を楽しみ、そして食を通じた幸せを実感できる日。その日は、もう遠くないのかもしれない。
最後に、一つの問いかけを残したい。 あなたは、本物のハモン・イベリコを味わったことがあるだろうか。もしまだなら、その機会を逃さないでほしい。なぜなら、その一口が、あなたの人生に新たな幸せの物語をもたらすかもしれないのだから。
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