ディテールの話

ディテールの話
 酒の席とかで友人の話を聞いている時などに、妙に心に残る他者の体験に出会う事がある。法則性と言うほどではないが、私はずっと、そう言う話には共通する感覚のようなものがあるような気がしてきた。それは何と言うか「不完全で余白がある」感じだ。
あるエピソードとしての教訓やメッセージを含まない人生の単なる断片を見てしまったような話が、自分の心に残り続ける事が多い。私はこれらの話を「ディテールの話」と名付け、飲み会などのたびに「人に言う程でもない、何て事ない思い出の話をして」と聞く事を小さな趣味にしてきた。「お、いいな」と思う他人の体験は酔っ払いながらメモしたりしなかったりした。これからいくつか書いてみるのは、その断片的なメモと私のおぼろげな記憶から再構成した、他者の、何とも言いようのない、ある意味中途半端な体験を集めたものだ。

(Aさん 20代 男性)
友人と遊んでいる時に、「めちゃくちゃ美味いラーメン屋があるんだ」と言われ、一緒に行く事にした。付いていくと、住宅街の真ん中でラーメン屋がありそうには思えない。「こんな所にあるの?」と聞くと「まあ付いてこいって」と自信ありげな感じで、所謂「隠れ家」的な名店なのかと思い更に歩いた。しばらく行くと、友人は普通のマンションの中に入っていく。え?と思ったが「いいからいいから」と友人。ドアをガチャリと開けると、何の変哲もないワンルームで、座席も鍋もラーメンも何もない。「俺引っ越したんだ。びっくりした?」と友人。未だに彼がどうリアクションして欲しかったのかわからない。

(Bさん 20代 男性)
関西の大学を卒業した後、茨城県の工場に就職が決まった。周りに友人が全くおらず、本当に全く新しい環境での一人暮らし。引っ越しの段ボール箱を積み込んだ部屋を見ながら、ふと「俺はこの街で暮らして行けるだろうか」と思った。妙に気が沈み、しばらく茫然と立ち尽くしていると、まだカーテンを買っていない窓の真っ暗な闇に一発、花火が打ち上がった。コロナ渦で近くの花火大会が中止になり、サービス的な感じで一発だけ打ち上げたのだろう。その花火を見た瞬間、何故か「何とかやっていけるかもしれない」と思った

(Cさん 20代 女性)
書店員として働いていたCさんは、土日が休みではなく、友人たちとあまり予定が合わなかった。誰とも会わないとついつい引きこもりがちになり、休日はずっと本を読んで過ごしていた。ある日、大学時代の先輩からドライブに誘われた。久しぶりの外出の車内で流れていた音楽で、とても美しいと思う曲があったと言う。「誰ですか?」と聞くと「Nujabesだよ」と教えてくれた。その時はまだNujabesを知らなかった。先輩は「世の中には君が知らない良い曲や美味しいものがたくさんあるから、引きこもってちゃだめだよ」と笑いながら言った。ヌジャベスという不思議な響きと一緒に、世界が広くなったように感じたその時の気持ちをずっと覚えている。

私は、「ディテールの話」を随時募集しています。人に言うほどでもない、けれど何となく忘れられない、妙に気になる、そんな思い出をお持ちの方はぜひ教えてください。

written by ONISAWA

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