「けものフレンズ」事件にみる、アニメ作品の著作権問題
「けものフレンズ」という人気アニメがある。「フレンズ」と呼ばれる、少女の姿をした動物たちが暮らすサファリパーク型動物園「ジャパリパーク」を舞台に、パークに迷い込んだ迷子の正体や仲間がいる場所を知るための冒険と旅を描いたものだ。2017年にテレビ東京系で第1期のアニメが放送され、第2期作品となる「けものフレンズ2」が2019年1月より放送されている。
TV放映されるアニメといえば、先に漫画やゲームなどの原作があってアニメ化となることが多いが、「けものフレンズ」は少々成り立ちが異なる。「ケロロ軍曹」などを手掛けた漫画家の吉崎観音(みね)氏がイラストとコンセプトデザインを創り、それが「原作」と定義されている。(法律上の「著作者人格権」は吉崎氏が、「著作権」は製作委員会である「けものフレンズプロジェクト」が保有している。同プロジェクトはイベント制作などを手掛けるデザインプロダクション「エイジグローバルネットワーク株式会社」が幹事となり、テレビ東京やKADOKAWAなど計12社が出資して構成されている)
当初より「けものフレンズプロジェクト」では二次創作活動を歓迎しており、趣味の範疇における個人によるイラスト、同人誌、マンガ、小説などの作成、各種運用については許可範囲とされていた。プロジェクト立ち上げ時からのメンバーである梶井斉氏(KADOKAWAコミックス編集部編集長)も、アニメイトタイムスのインタビューにこのように回答している。
「『けものフレンズ』を立ち上げたきっかけは、吉崎観音さんのイラストと世界観を使った「IP(知的財産権)」を創出するのが目的だったんです。なので、大本はアニメやゲーム、映画を作るのが目的ではないんです。大げさな話をすれば、「今後100年続くIPを作りたい」という思いが根本にありました。」
プロジェクトの一環として、先行してアプリ版と漫画版も存在はしていたものの、さほどの知名度を獲得できず終了した。そこでストーリーを創作して完成し、大ヒットしたのがアニメ版の「けものフレンズ」であり、ストーリー製作とアニメ版監督を務めた功労者がアニメーターのたつき氏(たつき監督)である。
氏は「けものフレンズ」が商業作品初監督であったが、アニメは2017年度の「Twitter Anime Of the year」を受賞したほか、「東京アニメアワードフェスティバル(TAAF)2018」において「アニメ オブ ザ イヤー部門」個人賞(監督・演出賞)選出、また2018年の「星雲賞」(日本SFファングループ連合会議)の「映画演劇部門」と「メディア部門」をそれぞれ受賞している。
タイトルにある「けものフレンズ事件」とは、2017年9月25日。アニメヒットの功労者であり、多くのファンから信奉されるたつき監督がTwitter上で、アニメ監督を降板する旨の発言をおこなったことに端を発する。
「突然ですが、けものフレンズのアニメから外れる事になりました
ざっくりカドカワさん方面よりのお達しみたいです。すみません、僕もとても残念です」
https://twitter.com/irodori7/status/912270635610472448
たつき監督のTwitterアカウントには215,000人超のフォロワーがおり、これは日本のアニメ関係者では新海誠監督の次に多い規模だ。このツイートが原因でファン達は混乱し、ツイートで名指しされたKADOKAWAへ怒りの矛先を向けたことで一時的に同社の株価が下がるほどの事態となってしまった。
当該ツイートの2日後、こんどは「けものフレンズプロジェクト」側から長文の発表が公式サイトよりなされた。要旨としては以下のようなものであった。
・「けものフレンズ」の新規映像化プロジェクトは、現体制の継続か、新体制で進めるのかについては検討中で、現時点において何も決定していない
・現体制優先で調整していたが、アニメーション制作会社ヤオヨロズ(筆者注:たつき監督が所属する会社)から辞退したい旨の話があった
・ヤオヨロズ株式会社側には、関係各所への情報共有や連絡がないままでの作品利用があった。その点について情報事前共有の申し入れをしていたが、ヤオヨロズからは「その条件は受け入れられないので辞退したい」との返答だった
その後、監督降板の経緯や版権使用について双方の認識を確認するために、ヤオヨロズとKADOKAWAの間で複数回の話し合いがもたれたが、結果的に第2期のたつき監督続投はない、という結論となってしまった。
もちろん、アニメ作品において監督や制作スタッフが交代すること自体は珍しいものではない。一連の騒動を経てなお、「けものフレンズ」というコンテンツ自体は継続していることもまた事実だ。
しかし本件については、当事者側から公式に出された情報があまりに少なかったことに加え、ファンからは「プロジェクトから外された被害者」のように考えられていたたつき監督と制作会社ヤオヨロズ側にも問題があるような発表がプロジェクト側からなされたことと、そしてその声明に対してヤオヨロズ側は弁解や反論をしなかった、という展開に、多くのファンは困惑する次第であった。
その後も公式発表はなされないままであったが、同年10月3日、KADOKAWA代表取締役専務の井上伸一郎氏が、ツイッターで本騒動について発言した。要旨としては以下の通りである。
・ヤオヨロズとミーティングを行なった結果、製作委員会とヤオヨロズとの間で、版権使用などの考えに大きな相違があったことなどが積み重なり、「監督降板」の発言に至ったと認識している
・ヤオヨロズ側とは話し合いを進めている
この発言を受けて、ヤオヨロズ側のプロデューサーである福原慶匡氏も話し合い中であることを認め、その後12月27日に、以下の要旨のツイートをおこなった。
・最終的には、アニメの第2期を外れる事に関しては覆らなかった
・3月時点では第2期の依頼があり、制作を続けていたが、8月になってから突然「続投は無い」との通達があり、困惑していた
・先に「版権使用などの考えに大きな相違があった」とされていた「企業コラボ動画」については委員会からの正式な依頼の元で尽力して制作したものである。それが疑義の対象になった事は不本意である
さらに同年12月31日、ネット上で「けものフレンズ」の生放送特番が放送され、登場したテレビ東京アニメプロデューサー細谷伸之氏は次のようにコメントした。
・たつき監督はじめヤオヨロズの功績には非常に感謝をしているし、ビジネス的な成功の面からも、たつき監督の続投を期待していた
・しかしいろいろな事情があり、委員会は合議制のため、誰が悪いというわけでもなく、続投ナシという結果になった。9月27日の声明が今の我々の見解である
制作会社側、テレビ局側、双方のプロデューサー2名の発言を最後に、本件はこれ以上の進展もなく、わだかまりをファンの中に残しつつ年を越した。
2018年6月20日、KADOKAWAの株式総会が行われた際にも、本件にまつわる質疑応答があった。こちらも趣旨を挙げておく。
・細谷プロデューサーが「たつき監督を継続した方が売上は良かっただろう」と言っていたが、なぜ解任したのか。
⇒KADOKAWAは13社の出資会社の1つで、幹事会社ではなく決定権はない。監督解任は委員会各社の統一した意見。監督の問題というよりは、制作会社が製作委員会の要望に沿えない、制作体制の折り合いがつかなかったということ。
・制作体制の問題ということなら、「理由も分からず降板させられた」というたつき監督の発言と噛み合わない。
⇒解決にはいろいろ努力したが、関係者間の意見の不一致を埋められなかったのが実情。
そして2018年9月2日。「けものフレンズ」TVアニメの第2期制作が発表された。ファンの注目も高かったが、このあたりから「第1期からの盗用疑惑」が話題にのぼるようになる。
ひとつは「台本盗用疑惑」だ。第2期制作にあたり、公式サイトで新ユニットの募集とオーディション開催が告知されたが、オーディション用の課題台本の内容が盗作であることが判明する。当該台本を書いて公開していた被害者本人が自身のブログで公開していたもので、台本自体はフリー素材にしてはいるものの、
・著作権は放棄していない
・自作原稿と受け取られる形で盗用しない
・出典明記
といった条件がついていた。それを無視した形で用いられていることが判明し、結果的に公式サイトからも削除のうえ、台本を差し替えて謝罪文を掲載した。しかし被害者への直接の謝罪は無かったことが被害者自身のTwitterから判明している。
ふたつ目は「背景画盗用疑惑」だ。埼玉県にある動物園「東武動物公園」と「けものフレンズ2」とのコラボ企画として設けられた、ARや位置情報技術を活用した周遊体験型デジタルゲームアトラクション「けものフレンズ2 東武ジャパリーク」のWebサイトにおいても、アニメ第1期の背景画を流用していことが指摘された。
そして最後に「キャラクター盗用疑惑」である。アニメ第2期に、人間のオリジナルキャラクターが登場することがPVで判明したのだが、第5話(2月12日放送回)において、件の新キャラクターは第1期に登場した人気キャラ「かばんちゃん」そのものであることが明らかになった。しかしかばんちゃんはたつき監督の創作したものであり、まったく同じものを出してしまうのは権利侵害が疑われる。
ここまでの時系列を見てきて、筆者が懸念しているのは「アニメ界における権利意識」の問題である。たつき監督が「自身の降板」という、契約上のセンシティブな情報を(たとえそれがマナー的に違反であっても)あえて自身のTwitterで言及したのは、「けものフレンズ」制作委員会自体が権利意識について甘い姿勢であることを容赦できなかったのではないかと考えられる。
たつき監督が創り出したオリジナルキャラクターも背景画も、監督が関わっていない第2期のアニメで流用されている。通常そのように用いる場合は「二次使用料」を設定して徴収するものだし、製作者が外れている以上、新たな創作物はできないはずだが、制作委員会は勝手にキャラクターを切り貼りして登場させてしまっている。
一視聴者にとっては、「同じタイトルのアニメの続編だし、そういうこともあるんじゃないの?」程度の認識かもしれないが、アニメクリエイターにとっては「難産のうえで出産した子が親権を奪われ、いたぶられている」くらい、認識に温度差が生じる事態なのだ。
委員会を構成しているのは、いずれもBtoCの客商売をおこなう会社ばかりである以上、たつき監督ファンを敵に回すことはできない状態だ。オフィシャルに和解することができればよかったのだが、それより先に「かばんちゃん」はアニメに名前もそのまま出てきてしまった。
クリエイターを守るべき制作会社側としても忸怩たる思いであろう。契約書上ではあくまで中間成果物は制作委員会のものであるから、たつき監督の許可なく使うことは「契約上では」間違いではない。委員会側もモラル的にまずいことは認識のうえだろうが、12社が出資しているビジネス上、稼ぐためにはやるしかない。しかし立場的に制作会社の発言力は弱く、「クリエイターに対するリスペクトも配慮もなく、権利の扱いに杜撰な委員会」を容赦できなかったのであろう。その気持ちの表れが、監督のツイートだったのかもしれない。
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