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歴史ライトノベル@官能系:『桔梗姫と六兵衛』(全4話) 第3話
登場人物
・桔梗姫 飛騨の戦国大名 姉小路自綱の四女。
・浦野六兵衛氏綱 上総の産。姉小路自綱の親族、小島侍従時頼の家臣。戦死した小島の若君(元頼)より桔梗姫の守護を頼まれる。
八
京で馴らした我も、昨夜は我を失った。恍惚に喘ぐとは、まさに昨夜のことを言う。まだ、体中に余韻が残る。我をそんな様にさせた女が我が背におる。不思議な心持ちじゃ。
「秀吉の陣中に妾を届けよ」。それが姫の命だった。目的も聞いた。なんと大胆なことを考える女じゃ。おそろしや。
しかし、妙案ではある。確かに秀吉も心奪われるであろう。けれども、富山城に近づくのを避けるつもりが、十万の大軍が城を一重二重に囲むなか、秀吉の陣中を探し出し、無事に姫を届けるのは至難のわざじゃ。途中で捕まっては意味がない。
そして、もう一つ───。
これで、この女は我が物にはならぬと決まった。胸の焼ける思いよ。
「六兵衛」
背中から声がする。
「邪なことを考えるでないぞ。今日より三日、妾の云うことを何でも聞くは、すでに決まりし約束事じゃ」
「心得てござる。武士に二言はござらぬ」
「ならばよい。このまま背負って逃げるなどと考えていた気がしたのでな」
笑いながら桔梗姫は言う。
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「富山城までは七里(約28km)ほど。未の刻(午後2時頃)までには入れましょう。秀吉の陣を探さねばなりませぬが、神通川や海を背に陣を張ることは考えにくく、すると城の南側か、東側の一番の要害に陣を置いているはず。富山城のすぐ近くの今泉城などに入っているのではないかと見込んでおります」
「さすが、広く世間を知る歴戦の者、よい思案じゃ。では、それまで安心してひと眠りするとしようぞ。昨夜は戦を頑張りすぎた」
我もろくに寝ていない。こんな荷物を背負ったまま十刻(約5時間)以上も歩けるだろうか……。そもそも、この女、本当にまだ歩けないのか、むしろ本当に足を挫いたのか──。
九
富山の城下にて、秀吉は加賀との国境、倶利伽羅峠に陣を置いていることが分かった。さすが秀吉、用心深い。倶利伽羅峠は富山城から東に10里。城下で背負子を手に入れることができ、行軍はかなり楽になった。途中、小矢部郷にて一泊。今度こそ、我が手管を使おうとしたが返り討ちに遭う。底の知れぬ、いい女──。
倶利伽羅峠。遠く源平合戦の折、以仁王の令旨に応じた木曽義仲が五千の兵で、七万の大軍を率いる平維盛を打ち破った古戦場。その後、義仲は京に入り、たった六十日であるが天下人となった。
近くは上杉謙信公。この峠を越えて手取川で織田信長公を破ったが、上洛はかなわなかった。その手取川の敗戦の最大の要因は、今、陣を構える羽柴秀吉が、柴田修理の下知は聞けぬと勝手に退却したからだ。
その秀吉が、天目山の一線の後、勝手に信長公の跡目を継ぎ、信長公の筆頭家老だった柴田修理を一昨年に賤ケ岳で滅ぼし、昨年は信長公の盟友、徳川左近中将を盟下におき、この度は信長公寵愛の臣だった佐々内蔵助殿を滅ぼそうとしている。
そして、それに先立って、信長公の小さな盟友だった姉小路中納言自綱公も、すでに滅ぼされた。着々と主家を奪って地歩を固める秀吉、なんとおそろしいことよ。かつての同僚だった秀吉に、堂々と尻尾を振る織田家の重臣どもの浅ましさ。はて、自綱公はご無事だろうか。
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* * *
「姫、着き申したぞ。あれに見えるが秀吉の陣。後はこの坂を下るだけでだけでござる」
「よくぞここまで連れてきた。大義であった。召し物を替える。しばし待て」
そう。富山の城下の武家屋敷から、衣装を拝借し、それを入れた衣装箱まで背負わされていた。我が足にすでに感覚はなく、根元からぽろりと取れそうな錯覚をおぼえる。
桔梗姫は手際よく裸形になると、すぐさま武家屋敷で揃えた衣装に着替えた。
橙色に金糸・銀糸であしらった華麗な花菱模様の小袖、その上に赤い熨斗蝶模様をあしらった白綸子の打掛。なんと可憐で艶やかな。
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「六兵衛、髪を結う。手伝え」
桔梗姫は、手早く髪を上げ、唐輪髷を作り上げ、六兵衛は云わるるままに簪を刺してゆく。
「これで仕度は整うた。いざ行かん」
桔梗姫、しかりとした足取りで坂を下る。やられたと思ったが、今はそれどころではない。転んではせっかくの衣装が台無しだ。姫の手を取り、先導す。
「何者か!」
「我は飛騨小島城主、小島侍従様の家来、浦野六兵衛氏綱。これなるは姉小路中納言自綱様ご息女、桔梗姫!! 羽柴様にしかと取り次がれい!!」
十
陣は周囲に空堀と土塁を巡らした小さな城のように築かれていた。門内に入ると、いくつか廓まで築かれており、中央には小さながらも堅牢な屋敷が築かれていた。さすが、秀吉。一時の陣であってもここまで作り込むとは。抜け目がない。
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我ら両名は、屋敷前の白洲に通され、地下に座らされる。姫には床几が与えられたが、我はむしろの上。我は陪臣であるし、秀吉の興味は我にはない。
しばし待つと、小姓が慌ただしく入り、位置に着く。
そして、「関白様、おなーりーっ」と甲高い声を発する。
あの水呑み百姓のせがれが、関白など、片腹痛し。
やがて、1人の小男が対面所に姿をあらわす。足しか見えないが、陽気な足取り。
そして、正面に着座する。
「儂が秀吉じゃ。姫、面を上げられよ」
姫が畏れ入った様子もみせずにすっと面を上げる。小笠原流のように恐る恐る徐々に頭を上げていくなどという込み入ったことはしない。そのほうが、秀吉の好みに合うと踏んでのことだろう。
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「おおお、これは美しい。目も眩むばかりじゃ。飛騨の西施の噂は聞いておってのう。一度、姫にお会いしたいと思っておった。いやいやしかし、父御はとてもよいことをなされたものじゃ」
饒舌である。いつものことやもしれぬが、浮き浮きと弾んでいる様子が頭越しにも分かる。しかし、下げっぱなしの首が疲れる。
「御父上は、この度、不幸であった。佐々殿などと組みなされたゆえ、征伐せざるを得なんだが、岐阜城、安土城で御父上には何度もお目にかかり、これまで一度も不愉快な思いをしたことがない。信長公の上洛のみぎりには、御父上も軍勢を率いてご同道なされ、儂が奉行をしたこともある。ああそうじゃ、儂が長浜に城を築くとき、飛騨の銘木を多くお送りくだされた。それがかようなことに相成り、儂も心を痛めておる」
一瞬の間が空く。姫が唾を飲んだ。
「で、自綱殿は、今いずこにおられる?」
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マガイモノこそかなしけれ 無我夢中疾る疾る
強い酸性雨が洗い出す前に
蛍光色の痣抱いて
メラメラ火を噴いて私は夜の狼
Rap-tap-tap-tap
そこで見てろこの乱舞
第4話(最終話)に続く。
※そういえば、「note創作大賞」って、1人1作品のみだから、連続作品とかダメでした。そこで、もともと第一話だった「歴史ライトノベル@官能系:『桔梗姫と六兵衛』」をまとめていくことにしました。だから、こちらにスキをいただけるとうれしいです🥺
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