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AI Robot時代に人間として幸せになるには

AI Robot時代に人間として幸せになるにはどうしたらいいのだろう。
ぜんぜんわからない。
そもそも幸せがわからない。

取り急ぎ面倒だから無理にでも定義してみる。
「よっしゃー」
かな。
やっぱ僕にとっては「よっしゃー」が一番近い気がする。

うん。

じゃあ、どんな時によっしゃーが出るのか。


気づき。

かな。

何かに気づいた時。

よっしゃーってなる。

その気づきがその後、自分の行動をどう変えたか、行動を変えたことで社会との関係がどう変わったか、社会がどう変わったか、それらは二の次。ワクワクはするけど、やっぱり気づいた瞬間がよっしゃーに近い。

そう考えると、気づきを人生の中でどれだけ得られるか、が重要になってくる。AIは多くの組み合わせから人間の気づきと同等かそれ以上の情報をもたらすだろう。そうすると、僕が幸せを感じる気づきはAIがつくれることになってしまう。項目数の多さでは叶わない。繊細さでも叶わない。情報がどんどん増えてくれば、AIこそが最強のアイデアを持っていることになる。僕が自分で気づけたらどんなにか幸せを感じるかわからない価値のある気づきをAIは100000000倍の速さで創るようになるかもしれない。

そのような世界で僕は何に幸せを感じるのだろう。AIが大量のアイデアを提供してくれる世界で、自分の気づきを生み出すことにどれだけの意味があるのだろうか。

ほかの人と自分の気づいたアイデアを共有してみたい。確かにそう思う。でも、もし、結果としてのアイデアに価値がないのであれば、残るのはアイデアが出るプロセス。アイデアが出る時に感じる感覚を取り出して、その限定された感覚はAIは提供してくれない。たぶん。

いいね。これこそ、人間が生きている意味。存在理由。アイデアの結果ではなく、アイデアが出るプロセスだけ。

どうだろ。

気づくプロセスだけが重要。

よっしゃーの瞬間の積み重ね。

科学が進んで、AI Robot時代になって、AIと人間が共生する世の中になって人間の存在の問題(「自分がいる意味は?」「自分の人生ってなんのために?」などの問いに答えられないこと)が極限まで深まっても、よっしゃーの瞬間の積み重ねが得られれば、なんとか生きていけるかも。

蒸気機関が産業革命を起こし、その結果、学校教育や福祉を産み出したように、人間だけができる新しい何かの能力やシステムがここから開発されるかもしれない。

どうだろ。

わからん。

ま、なんとなく、歩みを止めるわけにはいかないような。


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