小説実作解説のための姉と弟(1)
この物語において、僕には名前は必要がないのだが、物語るうえで僕の名が存在しないと不都合もあろうから、かりに僕の名前をKとして置くこととしよう。Kと名乗る、もしくは呼ばれる青年にはいくつかの文脈と歴史があるために、読者はそこから何らかの意味を見出すことだろう。どのような名前であってもそれは文脈から逃れることはできない。全く新しい言葉も名前も存在しない。僕たちが歴史に紐づけられている限り。
僕には名前は必要ないと言ったが、それはなぜかというと、ハジメは僕を名前で呼ばないからだった。ハジメは僕に限らず、彼女にかかわりのある重要な人物の名前を決して口にしないという、頑迷なルールを設けていた。彼女にとって重要ではない人物の名前はかろやかに口にされるので、僕たちのなかではむしろ彼女に重要人物として認識されたことを恨めしいと思うものすらいた。そうして彼女がかろやかにではなく、つまり他人に対するようにではなく、名前を呼ぶ、重要人物として名前を呼ぶたったひとりの人物の名はヒカルといい、それは彼女の弟だった。
長女の名は一といい、長男の名は光という。
付け足された五本の線が彼らにとってどのような意味を持つのかは、他人である僕には類推することしかできない。
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当マガジンではわたしの個人的な小説技法について、実際に小説を書いていきながら意図を解説していく予定です。
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